【小林まこと著】青春少年マガジンについて考える!(ネタバレなし)

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新潟は、まんが王国

 

新潟は、まんが王国である。

これはもう誰がなんといってもそうなのである。

どう王国なのかというと、まず周りにもマンガ家志望の者も多く、にいがたマンガ大賞というものがあり、受賞作などを図書館で展示している。

県をあげての漫画家支援体制なのである。

 

また、新潟へ来て、何が驚いたかって、普通の文房具屋さんでマンガの画材が豊富にあるのと、電気量販店の液晶タブレットに試し書きしてある落書きが超上手いことで

「新潟は本当にマンガ王国なんだなあ」

と思うのである。

 

だからこそ、漫画家の輩出量が半端ないのである。

ウソだと思うなら〝新潟出身〟〝漫画家〟などで検索してみてほしい。

そしたらまあ出てくるわ出てくるわ出てくるわ。

 

赤塚不二夫先生を筆頭に、高橋留美子先生、魚喃キリコなどなどなどなど、枚挙に暇がないとはこのことで、書き写すのも大変なのでたった三人しか書かずにすまん。

 

私のNo.1漫画家

 

さて、その中でも最高に面白く、というか現存の漫画家の中で私のベスト漫画家は、新潟市出身の小林まこと大先生である。

この事をもっと新潟県民は誇りに思っていいのだが、新潟県民のつつましさであまり口にしないので、こっちが歯がゆい思い。

私の中学の先輩(面識なし)にあたるハロルド作石先生も、デビュー前は小林まこと大先生のアシスタントをしていたのだそうな。

(すぐ辞めたらしい)

なので、私が声を大にして、小林まこと大先生の作品を紹介します!

 

青春少年マガジン

 

さて、2008年発行の小林まこと先生の、自伝的青春マンガ『青春少年マガジン』である。 

氏の作品は型破りで有名だが、今回も型破り。

まず何が型破りかって主人公である作者の顔が美化され過ぎなのである。

 

漫画家志望の方必読の書

 

この作品は、氏の新人賞受賞直前から、デビュー作の『1・2の三四郎』連載期間中の1978年から1983年の体験談を中心に描かれた同期3人の楽しくも苦しい青春物語である。

『1・2の三四郎』といえば、少年マガジン全盛時代の看板作品である。

 

それを毎週描き続けることがどのくらい凄いことであるか想像するだけでも吐き気がしてくる思い。

マンガと言う、一見華やかだか実際は地味な作業の連続で、労力の割にはその苦労が伝わりにくい過酷な世界で生きていくということがいかに地獄か。

それでも命を削って身体を壊しながら描くのである。

 

しかもギャク漫画である。

苦しい中で面白いことを考えなければならぬ辛さ。

 

そんな中で原稿を落としたり、数回の逃亡したことなども描かれている。

 

でも人気がなくなればアッサリと切り捨てられる世界。

にもかかわらず、それをギャグにして面白おかしく伝えてくれるのだ。

笑えて泣けるというのはこういう作品のことである。

「漫画は当たったら大儲けできていいね」

「紙とペンで楽に生活できていいね」

などとは決して口が裂けても言えなくなる。

いくら金が儲かっても、

「金だけを目的にしてこんなことできないよなあ」

と改めて実感することになるでしょう。

私は、これから漫画家を全員尊敬することにします。

自分への戒め

 

ブログを毎日書くくらいのことで、ヒーヒー言ってては話にならんのである。

なので、苦しくなったらコレを読みます。

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つりばんど 岡村

「健やかなるときも、病めるときもアホなことだけを書くことを誓いますか?」 はい、誓います。 1974年生まれ。愛知県出身、紆余曲折の末、新潟県在住。 詳細プロフィールはこちら

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