【明るい宿無し生活】 盗み住み編

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先輩のTさん

 

まあ、変な女と我慢して暮らす必要がなくなったのであるが、住む家がないのであれば話にならぬ。

 

とりあえず、ただで住めるところを探さねばならぬ。

当時は個室のネットカフェは普及しておらず、マンガ喫茶といえば本当に普通の喫茶店の壁一面に漫画本を満載した本棚があり、そこから本を各々持ってきて読むスタイルが主流であったため、そこで寝泊まりしようとは思わなかった。

 

そんな私の事情をくんでくれ、不憫に思ったバイトで知り合った先輩のTさんという人がいる。

Tさんはバイトを辞め、Tさんの父親が経営する会社に勤務している。

 

そのTさんが、会社の事務所として利用しているマンションが東京の外れのあきる野市にあり、その事務所には空き部屋があり、小さいが畳ベッドもある。

父親である社長には口が裂けても言えないが、事務所が閉まる20:00頃から、翌日事務所が開く7:30までの間と、事務所が開かない土日であれば、そこで寝泊まりさせてくれるという。

 

渡りに船とはこのことかと、資金が出来次第、すぐに出ていくという条件付きで、その提案に乗っからせていただき、新しい生活がスタートすることになった。

 

渡りに船

 

そのマンションは5階建ての2階にあり、2LDKであり、角部屋。205号室。

エレベーターがないのが痛いが贅沢はいっていられない。

(当たり前だ)

 

これまでの六畳ワンルームでの変な女との生活とは雲泥の差。

夜は近くのコンビニで買った弁当をリビングで大画面のテレビを見ながら食べる。

事務所なので、ガスは引かれておらず、シャワーからはお湯は出ないが秋なので冷水シャワーでも十分耐えられる。

 

 

廊下は静かに歩きましょう

 

これまたTさんからもらった原チャリで仕事から帰ると、マンションの駐輪場に原チャリを停め、エレベーターはないので、一か所ある階段を二階まで登り、つきあたりの角部屋までまっすぐに進む。

この廊下で人とすれ違うわけにはいかない。

 

同じフロアの住人から

 

「夜に誰か来てますよ」

 

などと言われてはこの生活もおしまいになるからである。

 

そのため、この廊下は抜き足差し足忍び足、且つ素早くダッシュで駆け抜け、素早くドアのカギを開け、素早く、且つ静かにドアを閉めねばならぬのである。

 

しかしながら、部屋に入ってしまえば楽勝。

 

『こんなに自由っていいもんかよ』

 

とシングルライフを満喫しておった。

 

盗み住み生活の難点

 

しかし、この生活の難点は隠れ場所のない廊下を素早く静かに走り抜ける以外に二点ある。

 

一点目は、会社が残業などで20:00を過ぎても事務所の明かりがともっており、部屋が空かないことがある点である。

そんな時は、自分の立場を忘れて

 

「はやく帰りやがれ!」

 

などと罰当たりなことを思っていたのである。

 

二点目は、マンションの部屋からこのマンションの駐車場が見渡せられるようになっているのだが、部屋にいるときに、その駐車場に自動車が入ってきたら、その自動車がこの部屋で借りている駐車場に停まるかどうかをみなければならない。

で、万が一、そこに停まったら社長なのでバレないように一目散に逃げなければならないという点である。

 

一応、はじめは自動車が入ってくるとビクビクしておったが、一向にこの部屋の駐車場に車がとまることもなく、

 

「わざわざ仕事を終え、翌日にまた出社なのに出てくることはあるまい」

 

とタカをくくっておった。

 

女の勘は恐ろしい

 

そんな生活が三か月ほどしたある日、社長夫人であるTさんの母親が、Tさんに

 

「なんだかここの所、誰もいないはずなのに、人の気配がする」

 

「出社したてで、誰もいないはずなのに、洗濯機の洗濯槽が濡れているのことがあった」

 

などと、持ち前の女の勘を作動させてきているらしい。

 

Tさんは

 

「そっ、そんなわけないよ~、きっ、気のせいだよ~」

 

などといって毎回はぐらかしてきたが、いよいよ危ないので、早く部屋を借りて出て行ってくれないかと言う。

 

金があれば出ていくのだが、無いのでどうにもならない。

 

かくれんぼで隠れているとき、ちびりそうなるよね?

 

その日も、金はないし、どうしようかなあとパンツ一丁でリビングで考えていると、マンションの駐車場に自動車が入ってきた音がする。

電気を消して、いつものようにそっと窓から事務所専用の駐車場に車が停まらないかを見る。

 

『停まるはずないのに、一応みるところが、俺が今一つ大物になれないところだな』

 

などと思っていると、なんとこの部屋の駐車場に自動車が停まったのだ。

 

「おいおいおいおいおいおいおいおいおい!!!」

 

と言いながら、震える手で食べかけのコンビニ弁当の残りをコンビニ袋に入れる。

それを手に持ち、パンツ一丁のまま部屋を飛び出し、震えながらなかなかしまらないドアに鍵をかける。

 

バズンッ!

 

と、車のドアを閉める音がする。

 

社長より早く、階段を駆け降り、姿を隠さねばならない!

 

社長にみつかったら終わりだ!

 

社長と鉢合わせしたらどーする!?

 

いや、とにかく走れ!!

考えるな!走れ!走れ!走れ!

 

と秋も深まりコオロギがわんわん鳴いている音のするマンションの廊下を、パンイチでコンビニ袋もって駆け抜ける。

 

 

階段についたはいいが、社長は意外に足が速く、すぐ下から階段を上ってくる音がする。

 

「逃げられない!」

 

と、とっさに階段を上に上る。

超ションベンちびりそうである。

 

そ、そ、そうだ、な、な、何も駆け降りる必要はないんだ・・・

う、上に登ってやりすごせばいいのだ・・・

お、お、俺はなんて賢いんだ・・・

 

などと震えながら思っていたら、事務所の二階を過ぎて私のいる三階に登ってくる。

 

『バレたか??!!』

 

と思いながらも、そっと四階まで逃げるように登る。

 

するとその足音は遠ざかっていき、三階の一室に入って行ったのである。

 

事務所の駐車場が夜間に開いていると知った者が、そこに違法駐車したのだ。

 

足音は社長でもなんでもなかったのである。

 

『チクショー!』

 

と、パンツ一丁で階段の踊り場にうずくまりながら、声なき叫び声をあげたのである。

 

(つづく)

 

 

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つりばんど 岡村

「健やかなるときも、病めるときもアホなことだけを書くことを誓いますか?」 はい、誓います。 1974年生まれ。愛知県出身、紆余曲折の末、新潟県在住。 詳細プロフィールはこちら

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