もくじ
衝撃のジミー大西
物心ついたときからジミー大西が世に出ていた者にはわかるはずもないが、ジミー大西が世に出てきたときは衝撃的であった。
とんねるずやダウンタウンが出てきた時とは明らかに違い
「こんな飛び道具いいのか?」
「面白いとかそういうのじゃなくて、卑怯!」
という始めて漫☆画太郎の作品を読んだ時同様、そう思ったものである。
ジミー大西の全国区デビュー
私がジミー大西を初めて観たのは小学校6年の時の1986年の春、明石家さんまと、何人トリオ(ショージ・オクレ・政二)と言うユニットが中心のテレビ番組、
〝さんまのゴメンねわがままで〟
という木曜19:30から放送されていた30分番組。半年で終了。
番組では、
「関西で超大型アイドルを発掘!」
「その名もジミー大西!」
などと煽るが、そのジミーとやらの噂話だけで、ジミー本人は登場せず。
数週間後、
「ジミー登場!」
などという運びになり、ジミーが登場するが、下からカメラを上げていき、ピンクのスーツを着たジミーの足元だけを映して
「今週はここまで」
とか、胸まで映して
「今週はここまで」
と何週間も引っ張りに引っ張り、いよいよ
「来週はジミー大西公開!」
と言うことになった。
我々視聴者はそれを楽しみに待ち、で、その週、派手なファンファーレが流れる中、いつものようにカメラはジミーを足元から上へ映していき顔が映ったらあのジミーの顔であり、且つ、訳のわからん動きでアホなことばっかり喋り、我々視聴者はテレビの前でズッコケたのである。
松本人志がジミー大西に初めて会った時の話
ダウンタウンの松ちゃんは、デビュー当時面白いとは認められていたものの事務所の先輩などから
「お前より面白いヤツがおる」
と口を揃えるように言われ
「それは一体どんなヤツなんだ?」
「勝負しないといかん」
と思い、聞くと、その自分より面白いヤツは劇場の進行係として幕を上げたり下ろしたりをしていると言う。
で、劇場でそいつを見たら弟子修行時代のジミー大西。
少し話してみて
『こいつには勝たれへん』
と思ったそうである。
まあ、ジミー大西みて
『勝てる』
と思ったら後の天才、松本人志は無かったであろうと思う。
ジミー大西、ブレイクする
その後、ジミーは当時、バラエティー番組のトップ、〝オレたちひょうきん族〟への出演も果たすのである。
ジミーは、ひょうきんベストテンというベストテンのパロディーコーナーに近藤真彦のパロディーとして出演。
曲は近藤真彦の当時のヒット曲『愚か者』。
内容は、ジミーが体育座りのまま両手の両足を同時に前後させて床を這いまわったり、のたうち回ったりしながら、ただただ
「愚か者よ~」
「愚か者よ~」
と歌うというだけのモノ。
これ、上手く伝わらないと思うが腹がよじれるほど面白かったのである。
最近でもガキの使いの笑ってはいけないシリーズでジミーが出てくると理屈は抜きにして腹がよじれるほど面白いでしょう?
まさにアレの初体験であり、ジミーの登場は本当に衝撃的であったのである。
つりばんど 岡村
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