【上京する若者へ】 詐欺被害に遭わないために! ②

アホがホテルで

 

『AV女優、早く来ないかなあー』

 

とワクワクしているアホが汚いラブホの一室で一人。

ベッドに腰掛け、タバコなんぞを吸う。

 

『改めて、あっち系のビデオの女優、早く来ないかなあー』

 

と三本目のタバコを吸い終わったくらいで、さすがのアホも

 

『なんかが変だな』

 

と思い出す。

 

『これはもしかして』

 

『ひょっとすると』

 

と思うが

 

『いやいやそんなことない!日本にそんな悪い人いない』

 

『もし、そうだとしたら、俺の二万はどうなる!?』

 

『俺の生活はどうなる!?』

 

 

「ていうか、騙されたー!!!!」

 

 

と、ようやく思い当たり

 

「とっ捕まえてやる!」

 

思ったところへ、部屋の呼び鈴が鳴った。

 

 

現れたのは・・・

 

『やっぱり、日本にそんな悪い人はいない!』

 

『ポン引きさん、疑ってごめんなさい』

 

「はーい、今、開けまーす」

 

初めてのいよいよあっち系のビデオ女優とのご対面に緊張する。

 

向こうは知らないが、こっちは見知っているという状況。

 

『何と言って話し出そう?』

 

『もう大ファンだってことにしよう』

 

と決めてドアを開けると、あっち系の女優とは似ても似つかぬカラーコンタクトをしたダルマのような女が

 

「暑いねー」

 

などと言いながら部屋に入ってくる。

 

「あ、そうっすね」

 

と、意気消沈して答える。

 

『・・・あっち系のビデオ女優じゃない』

 

しかし、よく考えてみれば一旦、二万をだまし取られたと思ったが、
たとえカラコンのダルマであっても、こうやって女性がやってきたのだ。

 

 

気を取り直しまして

 

もういい、女優でなくてもいい、ダルマであってもいい。
わんぱくでもいい、たくましく育ってほしい

この際なんでもいい、と、気を取り直そうとすると

 

「じゃあ、先にお金ね」

 

と言う。

 

「え?」

 

「60分コースなんで25,000円」

 

「いや、そういうことじゃなくて・・・」

 

「・・・なによあんた」

 

「いや、金ならさっきの男の人に払ったけど」

 

「なに、男の人って?」

 

「さっき事務所だかに電話した人だよ」

 

「そんなやつと私は、なんにも関係ないよ。私は金もらってないんだから払いなよ」

 

というか、そもそも財布の中には、既に帰りの電車賃である数百円しか残っておらず、払えるはずがない。

 

普段は気が弱いが、意外と居直ると強気になるのが私である。
騙された怒りと、これからの生活の不安でヤケクソになり、
窮鼠猫を噛む状態になり、恐いものに対する危機感も薄れている。

 

「というか、もう金がねえから払えるわけがねえだろ」

 

「こっちはお前らに騙されたんだ。お前が、俺に金を返せ!」

 

「それが出来ないんなら、さっきの男を呼んでこい!」

 

と問い詰めるが

 

「・・・ホントに私は、そんな男知らないんだって!」

 

という。

 

「それならさっきのヤツを探し出してやる」

 

「その上でグルかどうかは判断する」

 

と吐き捨てて、カラコンダルマを部屋に残してホテルを飛び出していった。

 

(つづく)

【上京する若者へ】 詐欺被害に遭わないために!

夏の日の1994

 

上京したての二十歳の夏。

バイトが休みだったが、やることもないので、昼過ぎから電車に乗って新宿へ行く。
歌舞伎町に入って行き、もうすぐで当時あったコマ劇にたどり着く当たりで、
歯抜けのチンピラのような男が近寄ってきた。

 

「風俗に興味はないか?」

 

「うちにはあっち系のビデオに出ている女優が多数在籍している」

 

などと声を掛けて来た。

ポン引きである。

血気盛んな頃であり

 

〝血気盛ん〟

 

とは、言い換えれば

 

〝分別のつかないバカ〟

 

とも言えるので足を止めて話を聞く。

 

ポン引きは小型のアルバムを出して、有名AV女優らの写真を見せつけてくる。

 

「ほら、ここに写ってる子たちなら、数分で準備できるよ」

 

などと言う。

値段は、ホテル代は別として20,000円ポッキリであるという。

 

20,000円と言えば大金である。

生活も苦しく、食えない日には、鰹節を一握り食って1日の食事としていたような有様で
風俗なんぞに大金を使っている場合ではない。

 

場合ではないのに

 

「じゃあ、この写真の人を頼む」

 

と言ってしまった。

 

 

 

若い男ってヤツは

 

給料日直後で銀行から引き出したばかりの金が、たまたま財布にあったのも悪かった。

 

「あっちのビデオの女優が出てくるなんてすごい!」

 

「さすが東京だ!」

 

「新宿は歌舞伎町だ!」

 

と、財布から金を出そうとするとポン引きは

 

「金は後でよい」

 

「ホテルでいただく」

 

という。

そりゃ、街で現金受け取るわけにもいかんのだろうが、当時はそんなこともわからない。

ポン引きについて歩いていくと、歌舞伎町の奥の方のホテル街に行く。

そんなところがあるとは知らなかったので、なんだか怖い思い。

一件のボロッちいホテルに着く。

入り口の所にカウンターがあって、そこに老婆がおり、昼間の休憩分のホテル代2,500円を支払うように言われ、支払う。

 

男二人で部屋に入る。

男は当時流行り出した携帯電話で事務所らしきところに電話をし、女性をこのホテルの、この部屋へ派遣するよう頼んでいる。

 

 

電話を終えると

 

「じゃあ、数分で女の子が来るから」

 

と言って金を請求する。

 

『何事も段取り通りいっているなあ』

 

と鼻水も垂らさんばかりにアホ面丸出しで思いながら20,000円をポン引きに渡す。

ポン引きは嬉しそうに

 

「では、楽しんで!」

 

と言って出て行った。

 

(つづく)

気を付けよう! ジョガーに対するマナー

走っているときに迷惑なひとがいる。

あなたが走っている人を見かけたら以下のことをしないようにしましょう。

 

歩行喫煙の人

 

今時いるのか?と思うが結構いる。

私が走っているのは、新潟の信濃川沿いの家族連れでお散歩とか、
ジョギングコースのようになっているところなのだが、そこで平気で歩行喫煙しているのである。

こういう人が道端に唾を吐いたり、立小便をしたりしてるんだろうと思われる。

汗をかいている顔に、タバコの煙がへばりついてくるのでしんそこ臭く、苦しい。

 

 

コーチな人

 

マラソンレースに出ているとたいがいこういう人が寄ってくる。

 

「だいたいキロ何分で走ってるの?」

「このペースで行けば2時間で折り返せるぞ!」

 

などとロードワーク中にボクサーを自転車に乗りながら指導するコーチのように

「ファイッ!ファイッ!」

などと言いながらついてくる人。

気持ちはうれしいが、こっちは走るのが苦しくて必死なタイプなんでうるさい。

 

 

変な挨拶の人

 

走っていると

「おはよーございまーす!」

とか

「オッス!」

のような手つきをしてこられる人がいるが、こういう挨拶の人はすがすがしいし、励みにもなって嬉しい。

が、前方から私と対向に走ってきて
急にシャドーボクシングを初めて、私に向かって

 

ビシッ!

 

 

とされたことがあるが、ああいうのは困る。

 

 

質問してくる人

 

ある日、走っていると、ギターさえ持っていないが怪傑ズバットの変身前のような恰好をした男が、
前方でカップルに何か話しかけていた。

 

 

やべえヤツがいるなあと、

そこを私が通り過ぎようとしたときにそいつが真横から急に大声を出して

 

「いつも何キロくらい走るんですかー?!」

 

と質問してきた。

何キロ走るか決めていないので、答えに窮してしまい、かといって無視するのもどうかと思ったので、かなり離れたところから、ぜえぜえ言いながら

「いろいろー」

と答えたが聞こえたかどうかわからない。

 

だいたい走っている最中に、真横から急に質問されて答えることができる人がいるだろうか?

 

「地球の形はー?」

とかくらい決まりきった質問なら

「まるー」

とか答えられるだろうけど

「今夜、何食べる予定ですかー?」

とか、

「幸せってなんですかー?」

とか言われても急には答えられない。

 

だいたい俺が何キロ走るかなんてさして興味もないだろうし、ただただコミュニケーションをとりたいだけの
この怪傑ズバット野郎である。

 

 

もしもあなたが、どうしてもランニング中の人に聞きたいことがあったら、かなり前方から声をかけてあげてください。

 

まとめ

 

走っている人に対しては、なるべく放っておいてあげてください。

 

【大学ノートの由来は?】 大学ノート以外にノートってあるの?

今時、ノートと言えば

 

 これだってところだが、今回は、昔ながらのノートの話。

 

これです。

 

大学ノートの由来は?

 

いわゆるノートのことを、なんで大学ノートと言うのか?

 

小学ノートと言えば、まあジャポニカであろう。

中学ノートと言えば、大学ノートだし、高校も同じだ。

 

あれのことをなんで大学ノートと言うの?

工業高校卒の私に喧嘩を売っているのか?

だとしたら逃げるぞ。

 

大昔は、大学生くらいにならないとノートを使わなかったのかも?

 

調べてみると

大学ノートは、1884(明治17)年に東京帝国大学(現:東京大学・本郷)の近くにあった文房具・洋書店の松屋で売り出されたことに由来。

筆記具として鉛筆が普及し始めたこの頃、これに合ったノートをということでヨーロッパから留学帰りの同大学の教授が勧めたもの。

イギリスからフールス紙というクリーム色の洋紙を輸入、製本されたこのノートは学生の間で人気となる。

これを学生が大学ノートと呼んだとも、松屋が大学ノートという名前で売り出したとも言われる。

少し後に神田の丸善が大学ノートとして大量生産。その名は広く知られることになる。

 

 

なんだかよくわからんが、乱暴な言い方をすれば、つまりは小見出しの通り、

 

〝大昔は、大学生くらいにならないとノートを使わなかったのかも?〟

 

で、よかったようである。

 

では、明治17年以前のノートは?

 

では、その前は、どんなノートを使っていたのか?

鉛筆を用いないノートってどんなものなのか?

 

筆で、ドラマとかでたまに見る、こういうのに書いていた模様。

 

 

大学ノートの大学をとっちゃえば?

 

でも、1887年の話だよ?

 

もうノートと言えば大学ノートなんだから、いっそノートに統一してもいいのでは?

 

と思って、さらに調べると、大学ノートの定義は、

 

多目的な利用を想定したノート。

上部に見だし欄と日付記入欄がある他は横罫線のみで基本的にマス目は無い。

中学生、高校生、大学生などが授業に利用することが多い。

一行の高さは、A罫は7 mm、B罫は6 mm、C罫は5 mm、U罫は8 mm、UL罫は10 mm。

他に、方眼罫、縦罫、無地などがある。

一般的にはB5、あるいはA4サイズのものが用いられる。

 

ということで、なんだか読むのも面倒になってきたが、
大学ノートにも大学ノートで

「小さいメモ帳みたいなノートは大学ノートじゃない!」

「マス目があるとといかん!」

とか言い分があるらしいので、ノートには統一できないらしい。

 

と思ったら

 

「単に横書きのノートなら大学ノートだよ」

 

という、まあまとめてしまえば

 

〝諸説あります〟

 

ってところらしい。

というかこういうウンチクを知って、他人に喋ったりすると嫌われるので、
今回の記事は忘れたほうがいいと思うぞ!

【アル中と呼ばれて】 アルコール依存症への軌跡  卒業編

32歳で連続飲酒

 

このように私は、毎日飲むようになってから僅か2年あまりで、年に3回程度の割合で連続飲酒に陥るようになった。

仕事を休んで飲み続けることもあった。

父親と同じである。

私が独り身なだけで、家族が居れば配偶者の命令で、息子が私にインディアンデスロックをかけていたかもしれない。

 

 

       ※写真はインディアンデスロック

 

吐いても飲んだら危険信号

 

酒を飲む理由は、昔、友人がいった

 

「気持ちがいいから」

 

しかないと思う。

私が三十歳まで飲まなかったのは、それまでは飲んでも気持ちよくなかっただけの話。

 

なので、これ読んでくれてる人も、気持ちがいいレベルで飲んでいる分には問題がないと思うが、恐ろしいのは、気持ちがいいから飲んでいたのに、
気持ちがよくなくなってもまだ飲み続ける私のような症状に陥ることである。

 

 

依存症の最大の原因は?

 

依存症になった原因は何か?

〝ストレス〟

とか

〝弱い自分〟

とだいたいみなさん答えられると思う。

 

 

当時の私なら

 

「借金が大変で」

「未来が見えなくて」

「孤独で」

などと言うだろうな。

 

多分、アルコール依存症の人も、だいたい

 

「ストレスで」

 

「人間関係で」

 

「閉塞感のある世の中で」

 

「孤独で」

 

「意思が弱くて」

 

と答えられると思うが、今、私が考えてみると依存症になった原因はズバリ

 

〝酒〟

 

である。

 

あなたじゃなくて、酒がわるい!

 

身も蓋もないとはこのことかもしれないが、断言したい。

飲む側の問題ではない。

酒が悪いのである。

やめられないあなたが悪いんじゃない。

酒を飲むから、また飲みたくなるのであり、麻薬やタバコと同じである。

 

酒を飲んで

 

『俺はダメな人間だ』

『みんなから嫌われている』

 

と思ったのも、原因は酒。

酒は毒。

毒は多少なら薬にもなろうが、度が過ぎればただの毒。

普段から内心、そう思っていたのが、酒を飲んで顕れたのではなく、
初めからそんな考えはないのに、酒を飲むと脳がおかしくなってわけのわからんことを思ったに過ぎない。

 

 

 

酒を辞めるということ

 

約三年前、タバコを辞められたので、ついでに酒も辞めてみようと

〝アレン・カー著 禁酒セラピー (KKベストセラーズ)〟

と読んで辞めた。

 

半年で、また飲んでしまってすみません。

 

ただ、辞めているとき、

「酒のみたい」

とか思ったことはなく、毎日、やりたいことに費やせる時間は増えるし、身体はすこぶる快調だし、

「酒やめて、一切やなことない!」

と思っていた。

だから、誰でも辞められると思う。

 

(じゃあ、なんでお前はまた飲んだんだ!)

 

ちょっと、デートする機会があって飲んでしまったのである。

その後は、ムチャ飲みはしないので、大人な飲み方ってことで許して欲しいなどと言い訳している。

というか私の場合は、飲まずに口説けるようになるのが先決かも!

 

禁酒は、何度も敗者復活あり

 

というか、またやめよう!

結果は、おって連絡します。

【アル中と呼ばれて】 アルコール依存症への軌跡 上級編

アルコール依存症まっしぐら

 

飲み続けるのには金がいる。

私の収入では、とても〝いいちこ〟などは飲んでいられない。

10年前には、空き容器を見るだけで吐き気を催していた

 

〝大五郎〟

 

〝ビッグマン〟

果ては

 

〝焼酎〟

 

とだけ書いてあるノーネームな焼酎を毎晩浴びるように飲み始める。
二日酔いで会社にはいくが、会社で必ず吐く。

それがルーティーンになる。

 

当時、自分には何か表現すべきことがあると思っているが、努力が出来ないのでどうにもならない。
バンドを始めるが、お遊び程度にしかできない。

尚且つ、多重債務に陥っており、抜け出し方も全くわからぬ中で誰にも相談できずに苦しんでいた。

休日くらいは、飲んで何もかも忘れようと

 

(休日こそ、がんばれよ!と今となっては言いたいが)

 

アルコール依存症スパイラル

 

休日の前の日は

 

『なるべく、たくさん飲まなきゃ損』

 

『休日は二日酔いにならなきゃ損』

 

とも思うようになる。

 

でも、たまたま量が足りなくて、夜中に目が覚めたりすると、水代わりに焼酎をコップに三杯ほど飲んだりする。

テレビを点けてNHKの深夜にやっている絶景を流し続ける番組を見たりして泣いたりするようになる。

 

『俺はダメな人間だ』

『みんなから嫌われている』

 

と、誰も何にも言ってないのにいじけだす。

 

そのうち、眠ってしまうが、早朝に目が覚める。

猛烈な頭痛と吐き気だが、頑張ってコンビニへ行きドクターペッパーと発泡酒とウィスキーのポケット瓶を買ってくる。

 

『まずは迎え酒だ!』

と、発泡酒を飲む。

『ブドウ糖でアルコールを分解する!』

と、ドクターペッパーを飲む。

多少、酔いがさめてきたら、

『さあ、改めておいしくお酒をいただこう!』

とめざましテレビを見ながら、ウィスキーのポケット瓶を飲みだすが、すぐに飲み切ってしまうので焼酎に切り替える。

 

意識は朦朧とするが、さんざん寝たため、とても眠れないので更に焼酎を飲む。

 

めざましテレビで

〝今日のわんこ〟

のコーナーが始まる頃には、便器を抱きかかえるようにして嘔吐する。

 

『こんなに酒ばっかり飲んでちゃだめだ』

 

と、開店したばかりの薬局へ行き、咳止めシロップを二本買い、部屋で一気に飲む。

 

ベッドに寝転がると、まるで縛り付けられたようになる。

わずかに動く手でリモコンを操作し、録画したテレビ番組などを観るが、意味が理解できずに同じシーンを何度も何度も繰り返してみる。

日が落ちると、改めて焼酎をのみ、咳止めシロップの効能もあってたびたび眠りに落ちるが、すぐに目が覚めるを繰り返す。

 

気が付くと朝になり、這うようにして仕事へ向かう。

 

 

飲酒地獄

 

休日の前の日には

 

『なるべく、たくさん飲まなきゃ損』

 

『休日は二日酔いにならなきゃ損』

 

と思っていたけど、

 

『本当に、こんな休日を過ごさなきゃ損なのか?』

 

と、あの頃の自分に言ってやりたい。

 

(つづく)

【アル中と呼ばれて】 アルコール依存症への軌跡 中級編

きっかけは些細なこと

 

30歳くらいのときの話。

私は下戸のくせに、酔うと調子にのってパーパーパーパー喋るタイプで、
とある飲み会で、職場の先輩であり、酒豪のGさんが、焼酎をロックでガバガバ飲んでいるのを見て

 

「Gさん、俺と飲み比べ勝負しましょう!」

 

とアホ丸出しで挑み、ものの数杯でダウン。

いい年をして床に寝させられたりした。

翌日、目が覚めてみるといつもの二日酔いは無く、いたって普通。

Gさんにその旨を報告すると

 

「カクテルとかそんなのばっかり飲んでるとかえって悪酔いする」

 

と教えられ、私の体は適度に焼酎を飲む程度なら、翌日ボロボロになるほどの二日酔いにはならないと分かった。

 

また、焼酎は不味いので、飲むと食欲は失せるので

 

『ダイエットに向いている!』

 

と思い込み、毎晩、空腹に耐え、寝る直前に〝いいちこ〟の720mlのボトルのキャップに一杯だけ焼酎を飲み、
空腹を忘れ、ほろ酔い気分で寝入っておった。

 

 

アル中は加速する

 

焼酎を飲むからではなく、毎晩夕食を食べないので見る見る体重は減少していったが、

身体が酒に慣れていくので、
キャップ一杯では酔わなくなり、コップ三分の一、コップ半分、コップ一杯、コップ二杯と
わずか一か月あまりで健康診断で叱られるほどの酒量をのむようになった。

 

このあたりになると、どこまで飲むと立ち上がれないほどの二日酔いになり、どこまでならならないかの自分の適量もわかるようになる。

また飲まなかった頃には気が付かなかったが、二日酔いで仕事に来ている人は意外に多くいて

 

「昨日、やからしちまいましてね」

「お互いに、なんぎですな」

 

などというようになり、時間とともに酒が身体から抜けていく快感も味わうようになっていった。

そして、夜が待ち遠しくなり、酒のない生活など考えられない。
休日には用事がなければ、昼から飲むようになる。

また女性と飲みに行ったりすると、必ずといっていいほど相手が先に酔ってしまうので、
その後、会計だとか忘れ物のチェックだとか、介抱だとかをしっかりとして、
酒が強いところをアピールし、多少の畏敬の念も抱かれることになる喜びを感じるようにもなる。

 

また、飲み会があっても、飲み会では浅い酔いかたしかできなくなり、飲み会終わりで部屋に帰ってから改めて一人で飲むように
なったのである。

 

アルコール依存症患者誕生まであと一歩である。

 

(つづく)

【アル中と呼ばれて】 アルコール依存症への軌跡 初級編

父親との死闘

 

普段、とても優しい父親が、年に何回か、連続飲酒に陥り、昼夜問わず飲み続けることがあった。

そうすると、母親も気が強いのでそれを叱責し、真昼間から大喧嘩が始まるのである。
父親は実際に母親に手をあげることはなかったが、物を壊したり、一人で暴れたりする。

そういう状態のところへ私が高校から帰ってきて、慣れっこなので、しれっと制服から着替えて友人宅に遊びにいこうとすると
母親は私に対し

「やれ!」

と、父親を殴って大人しくさせろと命じるのである。

仕方がないので、父親の腹部に膝蹴を入れる。

倒れてうつ伏せになったところをインディアンデスロックをかけ、
父親が戦意喪失すると、母親から

 

「もういい」

と、再び命じられ、改めて友人宅に遊びにいくのである。

 

 

 ※写真はインディアンデスロック

 

友人宅では、既に仲間が集まっており

「なんで遅くなったの?」

と聞かれるが

「ちょっと親父にインディアンデスロックかけてきたから」

 

と答えてドン引きされていた。

 

「いや、母ちゃんの命令でだよ!」

 

とフォローすると、余計に引かれていった。

 

子供の頃から、そういう環境に育ってきたので、酒飲みに対して嫌悪感が強く、

『ああいう風にはなりたくない』

と思っていたこともあって酒は飲まなかった。

はずなのだが、その後、大酒のみになってしまった。

 

下戸でもアル中になる!

 

三十歳を過ぎてから飲むようになったのである。

 

それまでも友人と飲みに行ったり、合コンのような席では飲んでいたが、
酒はおいしくないが、酔ってみんながバカみたいになるのは面白い。

おいしくないので、一番、酒の味を感じずに酔えるカルアミルクや杏露酒をがぶ飲み。

飲み方をわきまえておらず、飲んだ翌日は必ず二日酔いに陥っていた。

二日酔いの日は

 

「二度と飲むまい」

 

と後悔極まりない状態でコンビニに行こうと試みるも、
道に落ちていた安焼酎の最たるものの、巨大な〝大五郎〟の空き容器をみた途端に、
吐いたりして

 

「絶対に、絶対に、もう酒は飲まんぞ」

 

と強く思っていたのである。

 

 

毎晩飲む友人に

 

「よく飲めるねえ」

「なんで毎日飲むの?」

 

と聞くと

 

「気持ちいいから」

 

と答えるので、

 

「シラフの方がよっぽど気持ちいいけどね」

 

と答えていたのである。

 

そんな下戸の私が、それから十年後から酒を飲みだし、わずか一か月ぐらいでアルコール依存症に陥ったのかは
わが身を振り返ってみても、まったく不思議である。

 

(つづく)

【NoFuture】フィーチャーとフューチャーはえらい違いだ!

愛すべきパカパカ野郎

 

ガラパゴス携帯、略してガラケーのことである。

〝ガラケー〟

とか

〝パカパカ〟

だとかいう人は微笑ましい。

好感が持てる。

こういう人が、仮に橋本という名前であった場合は、

〝パカパカの橋本〟

などと呼ばれ、みんなから愛されている場合が多い。

 

所がである。

このガラケーのことを、フィーチャーフォンという人がいる。

何年か前には、

 

〝フィーチャーフォン〟

 

と耳にすると

 

「上等だこの野郎」

「かかってこい!」

 

と急に戦意むき出しになっていた。

 

しかしながら、時代の流れもあり、だんだんと自分もガラケーのことを
フィーチャーフォンと呼ぶようになった。

 

あなたもそうではないか?

 

許せない言い方

 

そのような流れの中で私が今、許せないのが、

 

〝フィーチャーフォン〟

 

のことを

 

〝フューチャーフォン〟

 

という人である。

 

フィーチャーは、【feature】で特徴とか特集などと言う意味であり、

フューチャーは、【future】は未来という意味である。

 

 

フィーチャーはこれであって

 

 

これじゃないから!

 

食い下がるフューチャー野郎

 

それをこのフューチャー野郎は

 

「俺ってガラケーとか言ってらんないんで」

 

「パカパカとか論外なんで」

 

「これから彼女とプリクラ撮ってこなきゃならんので」

 

「じゃあ、フューチャーフォンってことでいいですね!」

 

などと言う。

 

よかねーんだこの野郎!!

 

 

「うちの親がいまだにフューチャーフォンでさ」

 

いや、だからフューチャーはこれだから。

 

 

「フューチャーフォンもフューチャーフォンの良さがあるんだよねえ」

 

えーとさ、フューチャーはこれだから。。。。ね。

 

「フューチャーフォン逆にかっこいいよね!」

 

だからフューチャーはこれだつってんだよ!!!

 

 

なんでも正しければいいわけではない

 

だからと言って、なんでも正式にいうのがいいわけではない。

 

スマホは、スマートフォンの略である。

にもかかわらず

〝スマフォ〟

ではなく

〝スマホ〟

と略す。

 

もし、スマホを正式に

〝スマフォ〟

なんて言っているひとがいたら、そいつはきっと

〝ピザ〟

のことを

〝ピッツァ〟

と言い

〝ティッシュ〟

のことを

〝ティシュー〟

などと言うタイプなので、友達にならないことをお勧めする。

【たまにいる】自分で自分に相槌をいれるひと

自分で相槌をいれるひと

 

自分で話していながら、自分でうなずく人がいますよね?

 

「いないよ」

 

と言われると話が進みませんので、そういう人は、ちょっと無視します。

 

例えば

 

「自分で話していながら、自分でうなずく人がいる・・・・うん」

 

という感じで自分に肯定するのである。

そんな人、たまにいませんか?

(いません)

と言われると、話が終わっちゃうんだってば!

 

自己相槌の人は二種類いる

 

自己肯定の人は①威張っている人と、②自信が無い人。の二種類に分けられる。

 

 

①の威張っている人は、

 

「今、我々は非常に恵まれていると言える・・・・・・・・・おお。」

 

と等という。

 

「なので、ここは素早く行動に移さなければならない・・・・おお。」

 

「行動に移すにあたって大切なのがチームワークである・・・・」

 

と言ったぐらいのタイミングで

 

「・・・・わかる?」

 

と言う。

 

「Do you understand?」

 

という感じで言う。

 

腹立つ。

 

 

 

 

②の自信が無い人の場合は、

 

「私ってー、ちょっとおっちょこちょいなんですよー・・・・・はーい」

 

「この間もー、道で転んじゃってー・・・・はーい」

 

と言う感じで自分にうなずく。

 

Qちゃんこと、シドニーオリンピック金メダリストの高橋尚子選手がよく言う。

 

「あの時、30キロ地点から巻き上げようと最初から決めててー・・・・はーい」

 

 

これは、正直言って、聞いててあんまりいいものではないと思う。

 

正直ちょっとムカつく。

 

では、なんでこういう人たちは、自分で頷いてしまうのか。

 

恐らく、反論されるのが怖い上、相手が頷くまでの沈黙が怖いためだと思う。

 

「私はおっちょこちょいで、この間、道で転んだんですよ」

 

と言えばいいのに所々で

 

『反論されるんじゃないかな?』

『共感されないんじゃないかな?』

 

と思うばかりに、我先に、自分で頷いてしまうのである。

 

反論を恐れたり、相手の反応を気にしていたら話などできない。

 

もしもあなたが自分で頷いてしまうタイプの人で、それを治したいと考えているならば、
当ブログを参考にしてほしい。

冒頭でも書いたように

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自分で話していながら、自分でうなずく人がいますよね?

 

「いないよ」

 

と言われると話が進みませんので、そういう人は、ちょっと無視します。

——————————————————————————————

 

という感じで、都合の悪い人は放っておいて話を先に進めればいいのである。