もくじ
そんなことが出来るのか?
Hの黒い皮の長財布は手帳とともにバカラのテーブルの上に置いてある。
事細かく出納状況を手帳に書いているので抜いたことがバレるかと思ったが、なあに抜き取るところさえ見つからなきゃ、シラを切り通せば問題ない。
が、抜き取るのがこれまた大変だ。
Hだけじゃなく他のメンバーにも見つかってはならん。
本当にそんなこと出来るのか?
仮にも友達の財布から金がとれるか?
じゃあ、払うか?
母ちゃんの財布から抜くか?
と考えているとどんどん時間が過ぎる。
外はすっかり明るい。
もう時間が無い。
と、スラリと立ち上がり、音も立てずバカラのテーブルににじり寄り、ゆっくりゆっくりと動きながら長財布を手にする。
Hはグースカとイビキをかいている。
『このバカめ』
と思ってガバッと財布を開く。
分厚い財布だとは思っていたが万券がビッシリと入っている。
一瞬、全部パクってやろうかと思ったが、それではただの泥棒なので私の負け分の7万を瞬時に数えて掴んで抜く。
でポケットに札をねじ込み、素早く財布を戻して元の位置に戻って壁にもたれて座りなおした。
そうしたらもう座ってこいつらが起きるのなんか待ってられない。
始発ももう動いているだろう。
メモ用紙に〝帰るわ〟と書き残してHのマンションを後にし、吉野家の朝定食を食べて家に帰ったのである。
その時、私の頭の中にあったのは…
あなたは映画『トレインスポッティング』をご覧になったことがあるだろうか?
あの映画のラストで、みんなでヤクを売り、手にした大金が入ったスポーツバックを抱えて眠る暴れん坊のベグビーから、主人公のレントンがゆっくりゆっくりと奪い取るシーンがある。
私はこの一連の行動をしているとき、実はあのシーンを思い出し、吉野家に向かう道中ではあのエンディング曲が頭の中に流れていたのである。
で、どうしたか?
で、三日ほどしてショートメールに記されていたHの口座に7万を振りこみしたのである。
Hも何も言わなかったので、バレなかったのだろう。
これが、私の、たとえギャンブルに負けても、最終的には勝った話、というか負けなかった話である。
決して泥棒の話ではない。
つりばんど 岡村
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