もくじ
この物語の登場人物
・私(工業高校二年生/ボーカル担当)
・K(普通科高校二年生/ギター担当)
・N(商業高校二年生/ベース担当)
・H(商業高校二年生/ドラム担当)
ほか。
バンドの貯まり場はNの家
春の、土曜の昼過ぎ。
高校時代、当時組んでいたバンドのメンバーの貯まり場のようになっていたベース担当の友人Nの家にいくと、いつも通りギターのKと、ドラムのHも来ている。
が、なんだか空気がおかしい。
「お前、裏切る気か!」
「俺たちより、そっちをとるのか!」
「それでパンクと言えるのか!」
などとNが責められている。
往年の学生運動のような気配である。
Nも憮然とした態度で
「そっちの約束の方が先だ」
「というか、お前ら勝手に来といて裏切るも何もない!」
と言っている。
話を聞いてみると、その日、Nの通う(私の憎む)商業高校の男子生徒がコピーバンド
(どうせBOOWYあたりの)
を組み近所の神社にある公民館でライブをするという。
そこにNは客として参加する。
そのため、集まってきた者に家から出ていけといったのが発端。
出ていけと言われたメンバー二人が
「お前の都合で貯まり場を明け渡すわけにはいかない」
「お前の家であって、俺たちの家でもある」
と言って喧嘩になったらしい。
女子高生との集いのチャンス!?
Nがあくまで正しく、その他の友人が無茶苦茶な言い分だと思ったが、そのライブには商業女子がわんさか来るという。
そこで私はNに
「みんなでそのライブに行くわけにはいかんか?」
と素直に提案してみたのであるが
「仲間内でやるライブなんで」
「他校生はちょっと」
などとニベもない。
これには私も
「工業高校を差別すんのか!」
「工業高校生にも人権はあるぞ!」
と怒り心頭。
『Nだけ良い目にあわせてなるものか!』
と、カンダタ根性丸出しになり、他の仲間と一緒になって
「行くんなら俺たちを踏み越えて行け!」
「家を出て、一歩での二歩でも歩けるもんなら歩いてみろ!」
と必死にNのライブ行きを阻止を試みる。
キレたN
Nは我々を一切無視。
平然と、この日のライブ用に、若者向けの紳士服屋で買っておいたらしい彼なりの勝負服と思しき
英字のプリントシャツと、ブラックジーンズに着替えている。
星条旗のキャップをかぶり、仕上げにジョンレノンのような丸いサングラスをかけ
「じゃあ勝手にすれば!」
と吐き捨てて出ていこうとする。
「それがてめえの考えるロックファッションか!」
「ロックに謝れ!」
などと背中に向かって叫んでいたが、聞こえぬふりをしてNは家から出て行ったのであった。
Nへのジェラシー
残された我々は、どうにもこうにも腹が立つ思い。
別に貯まり場を確保したかったんじゃない。
女子高生と交流を持ちたかったのである。
だいたいNは、身長はあくまで小さく、武田鉄矢のような顔をしておる。
だいたいが女などにもモテる要素が一切ないというのに商業高校へ進んだというだけでバレンタインにチョコレートなんぞを貰い
ホワイトデーのお返しに何か気の利いたものでも買おうと、今は無き
〝ファンシーショップ〟
なんぞに入っていったところを、運悪く私が発見。
私もNに続いて、こっそりファンシーショップへ入っていくと、
Nがクッキーの入った小瓶なぞを口半開きで品定めしているところを目撃し、
気持ちが悪くなって、Nに声をかけぬまま出てきた。
その一件以来、私はNに腹に対して据えかねるところがあったのである。
※写真はファンシーショップ
残された者たち
しかし、Nはもう家から出て行ってしまったのである。
まさかこのままN宅で遊んでもおれず、勝手に出て行ったNをなんとか辱めてやろうと思案を巡らす。
ギターのKは、絵にかいたようなギタリストで高校生ながらバカテク、且つ、細身で長身で二枚目というNとは対照的な男。
且つ、バンド内でも一番クレージーな男である。
Kは普通科に通っているが、クラスの暴力的なヤツに腹を立て
「湯気が立っていなければ意味がない」
と、意味不明なことを口にしながら学校に炊飯ジャーを持参。
見つからないように、そいつの上靴に炊き立てのご飯を敷き詰め、真ん中に梅干しを置いて日の丸弁当を作った伝説を持つ男。
そのKが持前のクレージーさを炸裂させて
「こうしてやる!」
と言って、Nの部屋の中にある物を部屋の真ん中に寄せ集め、マンガ本やらなんやらを塔の様に積み上げていく。
我々もそれを手伝い
「帰ってきたら、部屋にトーテムポールがあるという寸法だ」
「ざまあみやがれ!」
と言いながら天井まで届きそうな、タワーが出来上がり、頂上にはプラスチック製のハロウィンのカボチャを置く。
「これだけではインパクトに欠ける」
として、卒業アルバムをコンビニに持ち込み、Nの顔を大量に拡大コピー。
それに画びょうを指しまくったものを、部屋のあちこちに貼り付けたのである。
※写真はトーテムポール
エスカレートする若者たち
「これだけやっておけば、今後は、我々コルレオーネファミリーに逆らえまい」
とNの家から出ていこうとするが、我々の悪ノリもエスカレートしてきており
「これだけでは、まだまだ腹の虫が収まらん」
と
「ライブ会場で、女子高生の前で、恥をかかせなければ意味がない!」
と、昔からNの部屋にあり、タワーに刺してあった
〝祭〟
と書かれた、赤いでっかいウチワを抜いて、それを持ってライブが行われている公民館に向かったのであった。
敵は公民館にあり!
自転車に乗って数分で公民館近辺についた。
たかだか高校生のコピーバンドだが、結構人だかりができている。
まずは、ライブが始まって、これらのギャラリーが会場内へ入るのを、件の〝祭〟と書かれたでっかいウチワを持って、物陰に隠れてこっそり待つ。
ギャラリーを見れば、麗しき商業高校女子も満載だ。
こんな方々と、いつも授業を受けているNが羨ましい。
一方、男子生徒の方は、Nと似たり寄ったりの、せいぜいがプリントシャツか、柴田恭兵を意識したジャケットじみたものを着こんで、これ見よがしにタバコをくわえたりしているバカ者しかおらぬ。
『普段から虐げられている工業高校生代表として』
『こいつらに一杯食わしてやらなければならん』
の思いを強くする。
しばらくしてギャラリーが会場内へ入って行ったので、我々も建物に近づいていく。
Nに、どう恥をかかせるか?
ライブが終わって、女子高生の前で恰好をつけるであろうNにつかつかと歩み寄り
「あ、これ忘れ物だよ」
とNに〝祭〟のウチワを持たせて逃走しようということにした。
嗚呼ビーバップ野郎
「はやくこんなクソライブ終わりやがれ!」
などと言っていたら、体がデカくて頭も態度も悪そうなのを筆頭に数人の男が近づいてきた。
Nと同じ商業に通うドラムのHの同級生らしい。
「おい、H」
「こいつら何なんだ?」
などと言う。
ライブやっているのが、ストーンズなら、こいつらはヘルズエンジェルスの役割をしているのかもしれない。
『悲しきビーバップ直撃野郎め』
と思っていると
クレージー且つ、負けん気も人一倍強いギターのKが
「なんだてめえ!」
と、食ってかかろうとする。
温厚なHが慌てて
「友達友達、Nの友達!」
とKを制して
「なんだ、友達か」
「だったら早く言えよ」
等と言って、会場に入っていった。
ギターのKの全身に青白い炎がメラメラしているのがわかる。
こいつを怒らせるなんて
『こりゃあ、しらねえぞ(笑)』
と思うのだった。
その名はゴッチー
Hに聞くと、さきほどの態度もデカく詰め寄ってきたのは体がゴツイから
〝ゴッチー〟
と呼ばれているいう
『商業高校男子って、本当バカ!』
と思わざるを得ない、身も蓋もないニックネームを獲得している番長のような男らしい。
ゴッチーに目を付けられた以上、ライブ終わりでNにウチワを渡す作戦は、恐らく失敗するだろう。
あきらめてなるものか
「否が応でもNにウチワを持たすためにはどうするか?」
と考え
「Nの自転車のサドルの代わりにこのウチワを突っ込んでやろう!」
という結論に達する。
こっそりNの自転車に近づいていき、サドルをスポンと抜く。
そこへウチワの柄をサドルの穴に突っ込もうとするが、柄の方がかなり太くて入らない。
「なんか柄を削るもんないか?」
と探しているとHが
「アスファルトはある意味、もっとも粗いヤスリではないか?」
と言ったので
「そりゃそうだ!」
と、三人交代でウチワの柄を道路でゴリゴリ削り出した。
会場から、へたくそなBOOWYのコピーが漏れ聞こえてくる。
【ONLY YOU!そのままで~♪】
『そのままそのままウチワを入れる』
ゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリ
【ONLY YOU!たった一度~♪】
『一度と言わずに二度三度』
ゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリ
等とやっておったら、ウチワの柄は削った鉛筆のようにトッキトキになった。
サドルをドブに捨て、うちわをサドルの穴に刺し、その自転車を三人で持ち上げて、会場の入り口正面に設置して逃げるように帰ってきた。
「俺たちを敵に回すと、どうなるか思い知れ!」
などと叫び、ライブ終わりでNがどんな気持ちになり、周りからどう思われたのか、想像するだけで笑いが止まらなかった。
その後はどうなったの?
その後、喧嘩になることなく、お互いに笑い話として理解し、何事もなく四人のバンド関係も、友達関係はそれまでと変わらず続いた。
変わったことがあるとすれば、Nが我々の言うことに対して素直に言うことを聞くようになった気がしないでもない点である。
いいおっさんになった今でも、Nの実家には件のウチワがある。
たまに遊びに行くと、その柄の部分がトンガったウチワを目にして
『クックックックッ』
と笑いが込み上げてくる。
ちなみに
後日、ドラムのHの引率で、ギターのKが炊飯ジャー持参で商業に乗り込みゴッチーの上靴に日の丸弁当を作成。
その日を境に校内でのゴッチーの地位は、著しく没落したのである。
つりばんど 岡村
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