【どうでもいいことを話し続けるオバサン】興味ありませーん!について考える

はじまりは「ちょっと聞いてよ~」

こっちがまったく興味のない話を延々し続ける人がいる。

こういうのは、オバサンに多い。

例えば職場の昼休みに、弁当を食べているときに

『ちょっと~すごく面白い話きいてくれる~?』

という感じで独りでアハアハ笑いながら近づいてきて

「ちょっとさあ~アハアハアハ!」

「うちのパパがさぁ~アハアハアハ!」

「スマホを買ったんだけどさぁ~アハアハアハ!」

「使いこなせなくてさぁ~アハアハアハ!」

と、お前ん家のパパとやらがスマホを使いこなそうがなんだろうが全く興味がないのに

「でさぁ~、スマホがこれまでの物より大きいのに軽くてさぁ~アハアハアハ!」

「パパもさあ、もと早くから機種変更すればよかったって、言ってさぁ~アハアハアハ!」

などと話し続ける。

まず旦那のことをパパなどと呼んでいる分にはしったこっちゃないが、他人に対して

「うちのパパがさあ」

などと言っていることに腹が立つ。

他人に対して配偶者のことをパパとかママとか言うヤツはだいたい頭がおかしい。

ここはお前の家じゃねえ!

と怒鳴りつけたくなる。

他人に配偶者のことをパパと言う心理

こういうヤツは心の中で

『うちはパパとかママとか呼び合っているんだよ』

『上流階級なのよ』

『パンが無いならケーキでも食べればいーじゃないの!』

という気持ちを込めて

「うちのパパがさあ」

などと抜かすのである。

また、旦那に限らず他の家族のことも、娘のことは

「エミリがさあ」

息子のことは

「ショウタがさあ」

犬のことは

「ペコがさあ」

と、そいつの家の家族の名前など知るわけも無いのにいちいち名前で言うのである。

どうでもいい話を聞かずに済む方法?!

で、話していることといえば、そのオバサンの家であった旦那が機種変更したとか、飼っている犬がくしゃみを二回連続でしたなどといった一見ホッコリニュースだが、ただのどうでもいい話である。

こんな話を聞かされている方は

「そーですね」

「可愛いですね」

「そーなんですか」

の三種類の相づちをうっておけば、オバサンは機嫌良く話続けるので楽といえば楽なのだが、貴重な休み時間にこの攻撃をされると休憩が出来ず、時間の無駄である。

こういうオバサンからのどうでもいい話を延々聞かされずに済む方法はないか?

答えは、有る!

それは、さきほども書いたが

「そーですね」

「可愛いですね」

「そーなんですか」

の三種類の相づちを打つのでオバサンは機嫌よく話続けてしまう。

「ちょっとさあ~アハアハアハ!」

「うちのパパがさぁ~アハアハアハ!」

と話しかけてきた段階で

「うっ」

「腹がっ!」

と言ってうずくまり、トイレに駆け出せばこのどうでもいい話を聞かされることを回避できるので機会があったらやってみてくださーい!

【名古屋嫁入り物語のフォーマット】記憶だけでよみがえらせられるか?

知っていますか?名古屋嫁入り物語

その昔、名古屋嫁入り物語という二時間ドラマのシリーズがあった。

シリーズといっても、キャスティングと設定がやや変わるだけで、言わば、まあ、毎回同じ話。

で、毎回、

「これが名古屋だ!」

「これが名古屋の嫁入りだ!」

と主役の植木等が、二階の窓からお菓子を放り投げながら言うシーンがクライマックスになるのだがこの話、周りの人間に尋ねても、誰もしらんので、全国的に嫌われている名古屋出身者として、ここでその毎回だいたい同じこのドラマの流れを説明することにする。

別にしなくてもいいのだが。

名古屋嫁入り物語冒頭

まず、植木等(三重県出身)と、山田昌(名古屋の名女優)が、名古屋在住の夫婦である。

この夫が主役である。

この夫は、異常なほどの名古屋愛に溢れている。

「そんな名古屋人いるかよ!」

というくらい名古屋愛が強い。
半面、名古屋人以外、特に東京人を毛嫌いしている。

で、この夫婦には一人娘がいる。
毎回決まって一人娘である。

で、この一人娘役はだいたい、かとうかず子か川島なお美である。
かとうかず子も川島なお美も、もちろん名古屋出身である。

で、このかとうかず子演じる一人娘は、だいたい東京者と恋に落ちている。
その上、結婚の約束をしている。

東京人嫌いな父親に東京者と結婚することを告げ

「なあにいぃぃ?」

「東京者だあぁぁ?」

「名古屋人とでなきゃ結婚は許さぁぁぁん!!」

などと言う親子喧嘩からこのドラマは始まる。

婿は、だいたいコニタン

で、この東京者のフィアンセは、空気の読めない男である。

空気の読めない義理の息子役といえば小西博之、コニタンである。

はぐれ刑事純情派でもこの空気の読めなさは発揮されている。

息子はだいたい動物園で働いている。

父親にとってこいつは、空気は読めずに忌々しい存在だが、まじめな態度にそこまで東京者も悪い人間ではないことに気が付きはじめる。

名古屋嫁入り物語中盤

娘の幸せを願い、結婚を許し、夫婦そろって東京の婿(コニタン)の実家に挨拶に行く。

挨拶に行く途中で、東京の蕎麦屋に立ち寄る。

毎回立ち寄る。

で味噌煮込みやきしめんを注文して、「無い」と言われる。

で、そこの蕎麦屋には隣の席の客として漫才師のおぼんこぼんがいる。

毎回いる。

で、おぼんこぼんが

「やっぱり蕎麦は東京だね」

「この間、出張で名古屋に言ったが、食えたもんじゃないよ」

「きしめんとかいって、鰹節をバンバンかけちゃって」

「その上、みゃーみゃー言っちゃって、名古屋人はまるで猫だね」

などと唐突に名古屋の悪口を言い始める。

それを聞いて

「なんだ、お前たち!」

「名古屋をバカにするのか!」

などと喧嘩になる。

で、

「やっぱり東京者は許せぇぇぇん!」

と怒り心頭に発し、なぜか娘の縁談も破断になりかける。

名古屋嫁入り物語終盤

が、よくわからんが、情にほだされる形で東京人の良さを知り、許すことになる。

で、いよいよ縁談もまとまり、結納の日になる。

が、ここで婿はぶっちする。

無断欠勤をかます。

いよいよ父親も

「やっぱり東京人に娘はやれーん!」

と怒り狂うが、半日くらい遅刻して婿がやってくる。

聞けば、動物園のゴリラかなにかの子供が急病になり、必死で寝ずの看病をしていたとかでの遅刻だと判明。

名古屋嫁入り物語クライマックス

それを知った父親は

「さすがワシの息子じゃ!」

などといって本格的に息子を愛し始める。

で、いよいよ結婚式当日、近所から集まった人々に対して、二階の窓から

「これが名古屋だ!」

「これが名古屋の嫁入りだ!」

とお菓子を撒くのである。

あとは、名古屋人が観たこともない名古屋の結婚のしきたりなんぞをふざけ半分で紹介し、後日、生まれた孫を抱いて喜ぶ老夫婦の姿があった終わりである。

って、名古屋嫁入り物語は、だいたいこういうドラマです。

【安物買いの銭失い】脇がビリビリについて考える!

君は、脇がビリビリになったことがあるか?

胸がドキドキする、とか、足がガクガクする、などという言葉を使ったことがある人は多いが

「脇がビリビリになる」

という言葉を使ったことがある人は少ないはずだ。

なぜ突然そんなことを言いだしたかと言うと、つい先日、私の脇がビリビリになったからである。

思い起こせば三か月前

職場で着るために、年末に新しいワイシャツを、金もないのでお手頃な価格が魅力の某大手衣料品チェーンで購入した。
白とグレーを一枚づつ、都合二枚買った。

古いシャツは捨てて、それからは合計三枚のワイシャツを使いまわしておった。

で、洗濯して干すときに、脇の部分が破れておったのである。
しかも両脇。

ワイシャツ三枚を週に五日使いまわすということは、文句なしのヘビーローテーションである。

そりゃあもう、シャツにとっては馬車馬のように働かされていたのだろうが、それにしてもわずか二か月かそこらで脇が破れるか?

もしかして私の脇から繊維を溶かすような液体などが噴出しているのか?

とも疑ったみたが、同時にかったグレーのシャツはちっとも脇にダメージなどない。
元気そのものである。

というか買って三か月なのに、もはや捨てるしかなくなった事がくやしい。

捨ててたまるか!

ので

「脇以外にはダメージもないし」

「素肌に直接着るのではなく、白いTシャツの上に着るのであるから」

「保護色になった脇が破れているなどと」

「職場の者に見破られるはずはない」

「だいたい俺の脇なんて誰がみるかってんだ」

「俺は物は大切にするタイプだぜ」

と持前の貧乏根性丸出しで、破れていることを承知の上で職場に着ていった。

「通気が良いと思えばいいんだ」

と、何食わぬ顔で過ごして居ったが、なんだか職場の者たちの視線を脇に感じる。

巨乳の女性が、男性からの胸への視線を感じることがあるなどと耳にするが、私の場合は脇に感じるのである。

で、脇に意識を集中してみると、意外に私は、腕を上げるポーズをよくとっており、脇が全開状態になることが多いことに気が付く。

『バレているのか?』

と疑いだしたが、

『そこはほら、白いTシャツの上に白いワイシャツを着ているわけだから』

『保護色で破れていることなど、バレる訳がない』

『まあ、〝ほつれてるかな?〟程度は思われているかもしれない』

と思ってその後も過ごしておったが

『一応確認しておこう』

と鏡に向かって腕をあげてみる。

 

と、この有様である。

バレバレである。

「恥ずかしいわ!」

「しかもなんか花柄みたいになってるし!」

「俺の脇は昔の炊飯器か!」

などと思うが、仕事の途中であり、着替えに帰るわけにもいかん。

『今日は帰るまで、絶対に腕を上げないぞ』

と、トレインスポッティングのレントン状態で過ごすことになった。

 

ようやく仕事が終わる

で、仕事も終盤にさしかかり、

『どうにかこうにかバレずに済みそうだわ』

と思っておったが、最後の最後で職場の者達全員に、腕で大きく輪をつくり

「今日はもう仕事終了だよ!」

「もうOKだよー」

の意味で、合図をしなければならんことになった。

日本酒の〝白鶴まる〟のCMの矢崎滋のようなポーズをとらねばならん。

※画像は矢崎滋。

この脇で、職場の者達全員に腕で大きく丸などをつくろうものなら、職場の全員に脇がビリビリなのがバレてしまう。

もしも笑っていいとものテレフォンショッキングで

「友達の輪!」

といったタモリの脇がビリビリだったら、いいともの生放送は中断し、特別番組としてプロ野球珍プレー好プレーに差し替えられることになる。

その上、タモリの人格が疑われ、週刊誌では

「お昼の顔の裏にあるタモリの闇」

「品性下劣!干されていいとも!」

などの激烈なタモリバッシングが始まり、タモリ人気も失墜。

ついには芸能界から追放された上、ダンボール生活を余儀なくされたに違いない。

「俺はそんな目に遭う訳にはいかーん!」

「そんなことはできーん!」

と、

『全員にバレるわけにはいかん』

『が』

『一人にバレるのは仕方がないわ』

と思い同僚に

「悪い、実は俺、脇がビリビリでOK出せないから」

「代わりに丸の合図してくれ」

と恥を忍んでお願いすると

「あ、自分で脇がビリビリな意識は有るんですね?」

と言われ、

「とっくにバレてるわ~」

と逃げるように退社してのであった。

【中学の嫌な思い出】誰一人、得しなかった話。

中三の春

中学三年になったばかりの春に、同級生のMと言う男が

「受験勉強を控えてこんなもの読んでる場合じゃない」

と思い立ったとかで、大量に収集してしまったエロ本の処分に困り、河原に捨てに行ったという。

「俺、河原にエロ本とか一杯落ちてるけど」

「いったいどんなヤツが捨ててるんだろう?どんな変態なんだろう?って思ってたけど」

「俺のような奴が捨ててるんだってことがわかった。」

と言っていて大いに納得したことがある。

この様に昔は河原や雑木林なんかに如何わしいブツが廃棄されておったものである。

こって牛が入手したビデオ

同じく中学三年の春、同じバスケ部に所属する〝こって牛〟というニックネームの九九のできない愛すべきバカキャラのヤツが、如何わしいビデオをどっかで拾ったんだか貰ったんだかして入手したと言う。

それを聞いた男子バスケ部三年一同(8人くらい)で

「一大事だ!」

「千載一遇のチャンス!」

などとバカ丸出しでほざき、その日、さっそくバスケのスキルではなく人の好さだけでキャプテンに選ばれたヤツの家に集まって鑑賞会を開くことになった。

ビデオにはいかにもなタイトルの、いかにもなフォントのラベルが貼られており、いやがうえにも我々の気分が上がる。

キャプテン家の居間で、電気もつけずにカーテンを締める。

キャプテン家の親兄弟が帰ってきても隠蔽する時間を稼げるように玄関はじめ家の入り口全部に鍵をかける。

再生しよう!

今はなきビデオデッキにこて牛の持ってきたVHSのビデオを挿入し、再生する。

我々一同で、固唾をのんで、これまた今はなき、ブラウン管を見つめる。

再生されるまでの真っ暗なブラウン管には我々が反射して映りこんでおり、照れくさい思い。

で、いよいよ作品が開始されたが、その主演女優がなんとかいうか、もうオバサンなんである。

冝保愛子のような女優なのである。

冝保愛子が、セーラー服を着ており、助演男優が脱がし始める。

その助演男優の方も、真っ赤な靴下に白いブリーフを履いたオジサンであり、気持ちが悪い。

しかし中学生のリビドーは、計り知れぬものがあり、60分程度のその作品を文句を言い言い一応最後まで全員で観たのである。

おぞましい。

上映終了後、

「いや、酷かったね」

と言い合い、もうコリゴリと思って、それぞれが帰宅の準備に入る。

如何わしいVHSのビデオを手に

「これどーするんだよう!」

などと半泣きですがり付いてくるキャプテンを全員で無視してブツをキャプテンの家に放置して現地解散したのである。

翌日の部活前

前翌日の放課後、部活の開始のとき体育館の前で、キャプテンが相変わらずの半泣きの表情で、女子バスケ部も近くにいると言うのにかかわらず

「お前らこれどーすんだよう!」

と補助バックから例のビデオを出して持ち上げる。

「バカヤロウ、そんなものを学校に持ってくるんじゃねえ!」

「しかもここで出すんじゃねえ!」

と全員でキャプテンを押さえつけ、その場にいなかったバスケ部一気が弱い、〝チリ〟というニックネームの強烈な天然パーマのヤツの補助バックにそのブツを押し込んで

「これでいいね?」

と、チリ以外全員が納得したところで、そんなことは露ほども知らず、戻ってきたチリを含めた全員で練習を開始したのである。

練習後

練習後、こって牛が

「あ!俺のバックにビデオが入ってる!」

と言い出した。

どうやらチリが自分のバックに入っていたブツを発見し、いつの間にかこって牛のバックに入れた模様。

「というかもともとテメエんだろ」

「お前が持って帰れ!」

と言って、こって牛にビデオを押し付け、いつものようにだべりながら、みんなであちこち寄り道をして帰宅したのである。

私の家で

で、家で補助バックからジャージを出そうとすると、なんと私のバックにブツが入っている。

「まったくいつの間に!」

「こって牛の野郎!」

と自分で顔が真っ赤になるのがわかるくらい怒り心頭に発し

「ただじゃ済まさん!」

と、自転車に乗って2キロ離れたこて牛の家に行き、こって牛の家の玄関直結の郵便受けにそのビデオを放り込んで帰って来たのであった。

あとで聞いたところによると、その日のこって牛は、家族中から変態をみる眼差しで見られつづけ、食事も喉を通らず、針のムシロであったという。

【一人称が「ボク」な大人】僕!僕!僕!について考える

お笑いコンビの一人称は

漫才コンビは自分たちのことを、

「私たちは」

とは言わずに、

「ボクラは」

と言う。

しかもなんか変なイントネーションで

「ボ(→)ク(↑)ラ(↓)は(→)」

などと言う。

いい年をして、「僕」もないもんだが、いつまでも若く見られたいのか30ヅラ下げてあくまで

「ボクラ」

と言い続ける。

目立った者がちの若手お笑い芸人の世界、お笑い芸人諸氏には、まっさきに自分たちのことを
誰も言わないうちに

「私たち」

とか、

「ボクラ」

以外の言い方をすることをお勧めする。

いい年をしてボクと言う人

で、この、僕という一人称の言葉。

これ自体は別にいいのだが、芸人に限らず社会人でもいい年をして

「僕」

などと言うヤツがいるので注意したい。

やつらは漢字で「僕」ではなく、カタカナで「ボク」と言っていると思われる。

会社の偉いさんなどという立場の者でも、自分を「ボク」と言っている者もいるのであなたの周りにもいないか注意してみてみて欲しい。

公の場で「ボク」という年寄り

まあそいつが、個人的な場所で使うのは構わんが、公というか、会社の朝礼とかそういう場所でも

「ボクなんかは」

などと、使うので耳を疑う。

「ボクが思うには」

とか、なあにがボクだバカヤロウ。

ボクって年かてめえは!

と、どやし付けたくなる。

大人になれ、大人に!

※画像はいい年をして、「僕」などと抜かす最たる例。

「俺」上司

もっと悪いのになると、公の場で

「俺」

だの

「俺ら」

だのを、敢えて使うバカ者もおる。

朝礼の場などで

「俺らがそれを言っちゃいけないと思う」

「俺らが~」

などと抜かす。

まず、そのお前の抜かす、「俺ら」とやらに私が含まれていると思うと腹がが立つ。

お前と一緒にされたくない、の思いからムカつく。

こういう事を抜かす上司の心理は、自分が元ワルだったことをアピールするために、

『俺もお前らの気持がわかるってことにしてやろう』

『それに便乗して、俺も昔はワルだったことをアピールしてやろう』

『ちょっと汚い言葉を差し込んでやろう』

と訳の分からんことを思い

『ここはひとつ、私たちではなく、〝俺ら〟で』

と意を決して

「気持ちはわかるが」

「俺らがそれを言っちゃいけないと思う」

「俺らが」

「お(→)れ(↑)ら(↓)が(→)」

などとたわけたことを言い

「俺を、上司と思うな」

「ダチだと思え」

「お、彼女マブイね」

「ハクイね」

「俺ってバリバリかい?」

「朝もはよからヘアーの乱れをせっせこせっせこ整える」

「俺はスーパースター♪」

と完全無欠のロックンローラーを歌いだし救急車で運ばれていくのである。

【タバコを吸い始めるたったひとつの理由とは?】このバカをちょっと見てみろ

タバコを吸い始める理由

タバコを吸い始めた理由のアンケート結果はだいたい

「イライラしたので」

「ダイエットのため」

「二十歳になったから」

「友達のタバコを一緒に吸った」

などと言う回答が多い。
でも、これ全部ウソである。

ウソを暴いていくことにする。

まず、

イライラしたので

これはこういう人もいるんだが、タバコ吸ってみてクラクラしてだいたい一箱吸わずに辞める。
そういう人から余ったタバコを貰ったことがあるのでわかる。
タバコがイライラを解消するツールでないことが吸ってみてわかって辞めるのである。

イライラを解消するのは、タバコ常習者が、タバコ中毒になってタバコが吸えずにイライラし、タバコを吸って落ち着くことを

「タバコはイライラが解消する」

などとのたまうのであって、はじめからイライラ解消のために吸い出すなんていうことは無いのである。

ダイエットのため

これであるが、これは過去にタバコは痩せるか?の記事を書いたのでよければご一読願いたい。

痩せる方法はいくらでもあるのに、なんでタバコを吸おうと思ったのか?が問題である。

ので理由になっていない。

二十歳になったから

これは、理由になっていない。
二十歳になったから、なんで吸おうと思ったのか?が本当の理由である。

 

友達のタバコを一緒に吸った

これが女性がタバコを吸い始める理由の第一位であるという。

これ、こういうの本当に多い。

女性に限らず男でも多い。

「付き合いで」

「仲間外れになりたくない」

等と言う者が結構いる。

これ、未成年とか若手の意見じゃなくてオジサン、オバサンにも本当にたくさんいる。

私の周りにも、いいオジサン、オバサンが、いったんタバコ辞めたくせに何年も経ってからまた吸い出すヤツがいて、そいつらに再び吸い出した理由を聞くと、

「付き合いで」

「友人のタバコを貰って」

などと抜かすのである。

もうこういう人は、何よりも質が悪い。

ずっと吸ってる人より質が悪い。

「会社の厳しいノルマをみんなで達成して」

「あんまり嬉しいから一服しちゃった」

と、訳が分からんのだテメーは!と、どやしつけたくなる。

と、「友達のタバコを一緒に吸った」という理由は、「ダイエットのため」「二十歳になったから」同様、本当の理由ではない。

なんで友達のタバコを一緒に吸おうと思ったのかが問題なのだ。

タバコを吸い出すたった一つの理由

なんで、この人は、会社の厳しいノルマをみんなで達成したから吸おうと思ったのか?

なぁぁぁぁぁぁーんでか?

 

と、堺すすむ的に言えば、タバコを吸う理由、即ち、「格好をつけたいから」しかないのである。

※画像は堺すすむ。知らない人は親に聞こう。

「俺だって昔は吸ってたんだぞ」

「舐めてもらってはこまる」

などと誰も舐めていないのに思う。

 

私は恥ずかしながら元重度のタバコ狂いだっただが、もともと吸い始めたのは自動車学校で同年代の奴らが喫煙所でタムロしているのをみて

「俺も舐められたくない」

「格好をつけたい」

と吸い出したのである。
で、

「練習」

などといって、一人で部屋でコソコソ吸って、友達の前で吸うことに優越感を感じていたのである。

我ながら愚かである。
というか、ただのバカである。

が、所詮、タバコを吸っている奴は全員似たり寄ったりでとどのつまりは、「格好をつけたい」しかないので、タバコを吸っている人は今後、吸い始めた理由を聞かれたら、四の五の言わずに

「格好を付けたかったからです」

と、お答えくださーい!

【郵便為替の紛失】私が再発行をしてもらった方法

郵便為替を紛失しちゃった!

アンケートに答えると二万円のキャッシュバックが受けられるとの条件で某インターネットプロバイダを契約。

数か月後、約束通り二万円分の郵便為替が届いた。

しばらく経って、換金してもらうために、件の郵便為替を持って郵便局へ行った。
が、換金するには為替に捺印がいるとのことで、その日は換金せず。

別に急ぎもしないので、そのまままた数か月放置。

年末に、甥や姪へのお年玉代わりに換金しようと、改めて印鑑を用意し為替持参で郵便局へ行こうとするが、肝心の為替がない。

「無い訳が無い!」

と部屋中を必死に探し回るが無い。

カバンか押し入れから何から洋服のポケットから何から何まで探すがない。

古新聞に紛れ込んでいないか過去数か月分の新聞をくまなく探すが全くない。

「無い訳がないんだいよー」

と、やや涙声になってくる。

※写真は郵便為替のサンプル

無くしたと思しき場所へ出向く

とりあえず、前回郵便局へ持って行ったときしか為替を家から持ち出したことはない。

「じゃあ、郵便局で落としたのかも!」

と、ダメ元で郵便局へ出向き、受付の女性に

「数か月前なんですが、郵便為替の落とし物は無かったですか?」

と尋ねると

「おいくら分の物ですか?」

と聞き返されたので、

『拾得物の中に郵便為替が有るに違いない』

と思い、

「二万円分です!」

と答えた。

すると、その女性担当者はカウンターの奥の男性に耳打ちするように何か話している。

『良かった』

『甥や姪にお年玉を奮発してやろう』

などと思っていると、先ほどの女性担当者が私の所へやってきて

「そのような落とし物はありません」

と言ったので、ガーン!と落ち込んだのである。

仕方がないので、改めて部屋に戻り、改めてくまなく部屋中や、何度も見返した数か月分の古新聞をいちからチェックしていくが見つからない。

無くした郵便為替は再発行できないのだろうか?

といろいろ調べたので結果、まず、郵便為替の再発行は可能である。

そのためには、私の場合は発行元であるインターネットプロバイダに問い合わせる必要がある。

再発行が可能かどうかは相手先次第とのこと。

だいたいそういう風に無くしたとかなんとかウソをついて余計にキャッシュバックを受け取ろうとする者もいるだろうし、そう簡単に再発行などしてくれるのだろうか?と疑問に思う。

私がもしも郵便為替の発行元として、それを受け取ったヤツから

「無くしたんで再発行してください」

なんて言われたら、

「そうは問屋がおろすか!」

と二つ返事で断ってやるところである。

発行元に電話しよう

が、とにかくやるだけやってみようと、私はまず、プロバイダーに電話して

「まったくどんくさいことをしでかしまして」

「大変申し訳ございませんが、郵便為替の再発行をひとつご検討ねがえませんでしょうか?」

といった感じの低姿勢で尋ねてみた。

すると、しばらく待たされたのち、電話口の担当の方から

「換金などされていないか確認の上、換金されていない事実の確認が取れれば再発行いたします」

「その代わり、数か月かかることがあります」

と言う。

「もう何か月でも待ちます待ちます!」

と言ってその日は電話を切った。

もしも誰かに換金されていたらどーしよー?

そうなってくると、心配になるのは何者かに既に私宛の郵便為替が換金されていないかどうかということである。

あの時、郵便局で私が為替を落とし、それをすかさず拾った者が、私を装って、三文判を用いて換金しているかもしれん。

または、私が会社の仲間に貸した本の間に郵便為替が入っており、それをそいつが、しめしめとばかりに舌なめずりしながら私を装って換金済かもしれない。

そうなるともう再発行は叶わなくなる!

と心配しておったら、数日前、プロバイダーから電話があり

「換金されていない旨確認が取れましたので再発行します」

「2~3週間かかります」

というので

「ははー、お代官さまー」

という感じでお礼を言って電話を切った。

疑ってしまった会社の仲間などに申し訳ない思い。

「よかった」

と思っていると、数時間後、プロバイダーからの不在着信があったことに気づく。

「なにかあったのか?」

と思って慌てて電話をかけなおしたが

「行き違いでした。なんでもありません」

とのことで改めて胸をなでおろしたのである。

再発行されるのなら?という悪い考え

さて、再発行されると決まると私の様な根っからの悪人は

「これ再発行後に無くしたと思った為替が出てきたらどうなるのか?」

「二万円分のキャッシュバックが二枚で、四万円になるのか?」

「良心の呵責にさいなまれる」

「さいなまれるが、私の良心は人一倍弱いんだよなあ」

などと思っていたら本日、郵便局からブツが到着。

見てみると、郵便為替ではなく、

〝振替払出証書〟

なるものである。

 

※写真は振替払出証書のサンプル

〝振替払出証書〟とは?

私がしてもらったのは、どうやら郵便為替の再発行じゃなくて、紛失した郵便為替分の払出を許可するための証書の発行であり、先ほど私が思ったような

「二万円分のキャッシュバックが二枚で、四万円になるのか?」

なんてことには絶対にならないのである。

〝振替払出証書〟を紛失したらどうなるか?

じゃあ、この届いた〝振替払出証書〟をまた紛失したらどうなるのか?

プロバイダーは応じてくれるのか?

とも思ったが、そんな怖いことはとても試せないのであった。

【ジェネレーションギャップ?】年代別の、みにくい争いについて考える!②

③平成元年生まれVS平成2年生まれ

で昭和64年よりも実は、平成元年生まれの方がなんか分が悪い気がする。

昭和64年は、一週間しかないし、希少価値もあり、昭和と言いながらも

「昭和64年生まれです」

のセリフの中には、なんか、どーだ!という、誇りのようなものが含まれている。

そのため、可哀想なのは平成元年生まれである。
平成元年生まれも、希少価値はあるのだが、いかんせん、その元年という、ガンネンという、なんとももっさい響きがその時点で年よりじみているからである。

「ほら、あの人はアレだから」

「なんていっても元年だからね」

「ガ・ン・ネ・ン(笑)」

などと陰でこそこそ言われていそうである。

で、平成元年生まれの人は、平成2年生まれのヤツから

「うわあ、やっぱり元年の臭いがする~」

などとからかわれた場合、悔しいので、先ほどの、日本の年号じゃなくて、世界の西暦で対抗しようとしても平成元年と、平成2年は、西暦の上でも、1989年と1990年で、年代も変わってくるので、これが通用しない。

「ね?やっぱり元年と平成2年では西暦の上でも大きく区別されるんだよね」

などと言われかねない。

ので、平成元年生まれ諸君は、平成2年生まれに対して

「西暦で言えば、平成元年と平成2年は1980年代と1990年代かもしれないが」

「西暦なんて、ちっぽけなことを言うな」

「もっと大きく見れば、同じ20世紀生まれだよ!」

と言おう。

そうすれば、平成がどうの、西暦がどうのとくだらないことを言ってくるヤツを片づけることが出来るのである。

④1999年生まれVS2000年生まれ

更に考えると、1999年生まれと2000年生まれ問題が浮上してくる。
しかしこの問題は、1999年生まれも、2000年生まれも、どちらも、とんでもなく希少価値が高くなんかカッコいい。
ので、2000年生まれのヤツは、その辺、1999年生まれに対して

「この1900年代が!」

とは言わないし、

「2000年代生まれは幼稚だね」

などともいわず、争うことなく平和な気がする。

⑤2000年生まれVS2001年生まれ

更に更に考えると、2000年生まれと、2001年生まれとの間では、みにくい争いが起こっていそうである。

2001年生まれは、2000年生まれよりも更にカッコいい!

だいたい2001年から21世紀であるので、2001年生まれは2000年生まれに対して優越感を持っている。

そのため、2001年生まれが2000年生まれに対して

「さすがは、20世紀!」

「世紀末!」

「聖飢魔Ⅱ!デーモン閣下!エース長官!」

などとそれが悪口なのかなんなのかわからない例えでからかわれている気がする。

2000年生まれも、年号ではなく、西暦の10年代別でもなく、百年ずつを一期として数える時代区画に於いて区別されてしまっては、まさにぐうの音も出ない状態になるかもしれないが、そこはオムくんトクくん方式で、物事をどんどん大きく捉えていって、白亜紀とかジュラ紀などの地質世代を持ち出して

「世紀ぐらいでガタガタ言うな」

「2000年も2001年も地球レベルで観ればどちらも新生代だよ!」

と無理を承知で相手を煙に巻いて、命からがら必死で逃げ切って下さーい!

【ジェネレーションギャップ?】年代別の、みにくい争いについて考える!①

昭和49年生まれVS昭和50年生まれ

昭和49年の11月生まれなので、昭和50年の早生まれの連中と同学年である。

ので、よくその50年代生まれの連中から

「俺たち昭和50年代生まれだからな」

「昭和40年代生まれって、ちょっとジジ臭いよな」

などと言われてきた。

昭和50年の早生まれ連中は、ことあるごとに

「俺たちは昭和50年代生まれだからね」

などと息巻くのである。

言われたこっちは、昭和49年と昭和40年生まれまでを、昭和という年号で強引にひとまとめにされ悔しい思い。

が、昭和40年代と昭和50年代という国が定めた年号の下ではいかんともしがたく、ぐうの音がでなくなるのである。

で、ある時、私の友人の昭和49年生まれが、昭和50年生まれのヤツからこの方式でやり込められそうになったとき

「そんな昭和の40年代と50年代などという、ちっぽけなことでガタガタ言うな」

「世界的にみれば1974年と1975年で、どっちも別に変りゃしねえよ!」

と言って相手を黙らせたのである。

それ以来私は、このセリフを用いて数々の昭和50年生まれを黙らせ、このくだらない争いに勝利し続けているので、これを読んでいる昭和49年生まれの人に、このセリフを使ってにっくき昭和50年生まれに勝利していただきたいと思う。

って、こういう争いは何も昭和49年と昭和50年だけのものではなく、世代世代で日夜行われているのである。

以下にその代表例を報告する。

①昭和50年代VS昭和60年代生まれ

この争いも

「世界的には1984年と、1985年でちっともかわらねえよ」

で片づけることができるので、昭和59年生まれはこれを用いて昭和60年代生まれを黙らせてやって欲しいと願う。

②昭和生まれVS平成生まれ

これなんか年代どころじゃなく、年号そのもので区別するので昭和63年生まれにとって、平成生まれの奴らから

「さすが昭和生まれ!」

「言うことがレトロだねえ」

などと、平成生まれがレトロなどと言うかは知らんが、そういうニュアンスのことを言われていることであろう。

この場合もやはり、

「昭和63年と平成なんて世界的に言えば1988年と、1989年で、どっちも80年代だよ!」

で終わらせることが出来るので活用して欲しい。

複雑な昭和64年生まれ

しかしここで問題になってくるのが、昭和64年生まれと平成元年生まれ問題である。
昭和64年は、1月7日までの一週間しかない。

1月8日から平成である。
しかも昭和64年、および平成元年は1989年である。

そのため、平成元年生まれのヤツから

「やっぱり昭和生まれは言うことが年よりじみてるね」

などとからかわれた場合に、

「西暦では同じ1989年だよ!」

で済むのである。

 

(みにくい争いは、まだつづく)

【あなたの知らない新倉イワオ】ツッコまずにはいられないタイトル本の世界

ツッコみたくなる本は山盛りだ!

世の中にはタイトルを見ただけでツッコまずにはいられない多数の本が存在する。

私は図書館で暇をつぶすことが多いのだが、その図書館にはもう本屋には置いていないような本も多数あるので、何の話題にもならず、著者の知り合いと、この図書館しか買わなかったような本が山ほどある。

で、買った知り合いもほとぼりが冷めたころに古本屋にサッサと売るのである。

こういう本は、著者も著者で

「どうせ出しても誰も読まねえだろ」

「原稿料が多少入れば御の字」

と、情熱の欠片もなく、そもそも誰も読んでいないことを前提にあきらかに言いたい放題で、ついつい調子に乗り過ぎたタイトルのものや、本人は悪くはないが編集者などにそそのかされて書いたり、語ったりしてみたものの、まったく世間に黙殺される形となった物と大きく分けて二パターンがある。

と、図書館をグルッと一周回るだけで発見したツッコまずにはいられないタイトル本をランキング形式で発表することにする。

ワースト5:小日向文世著 「小日向文世 アメリカへ行く」

「どこへでも勝手に行け!」

 

例えば

『スミス、都へ行く』

だとか、

『星の王子、ニューヨークへ行く』

ならば興味も湧いてきそうなものだが、小日向文世がアメリカへ行く程度のことで本を一冊でっちあげてしまうのが酷い。

パラパラとめくってみれば英語のできない小日向氏がアメリカ人スタッフたちの中ので撮影する苦労話的内容。

もっと内容を分かりやすくしたタイトルにすべきだった。

23点。

ワースト4:石原伸司 著 「俺が話を聞いてやる」

「いや。怖いからいいっす」

サブタイトルに元ヤクザ組長が非行少年たちと向き合った912日間の記録とある。

パラパラとめくってみれば、街にたむろする非行少年少女たちを、元ヤクザ組長であることを活かして更生させたりさせられなかったりという内容。

不良版夜回り先生といったところか。

突然、夜中にこの顔が「俺が話をきいてやる」と言った来られた方の立場はいかに?!

怖すぎるので18点。

ワースト3:ルー大柴 著 「ルー炎上! 汗かけ恥かけ涙しろ」

「なんか、お前に言われるとすげえ腹立つんだよなあ」

ルー自身に何があったのかは知る由もないが、精神的に燃えているのかなんなのか、その装丁では炎の前に挑発的なポーズで立ちはだかるルー。

あまつさえ、こちらを睨み据え

「汗かけ!」

「恥かけ!」

「涙しろ!」

と、なんのためにそんなことしなかればならんのか!

汗かいて、恥かいて、泣くってなんでそんな命令口調で言われなければならんのか。

しかもルーに。

内容一切読んでません。

ルー大柴 オフィシャルブログ「TOGETHER」。

12点。

ワースト2:柳家花緑 著「僕が、落語を変える」

「早く変えてくれよ」

柳家花緑、大きく出たもんである。

お前の爺さんは人間国宝にもなったすばらしい人であることはしっているが、何をそこまで偉そうにしてやがるんだ、と言いたくなる。

で、この表紙の顔ですね。

ムカつく。

内容読んでません。

6点。

ワースト1:内館牧子 著「あなたはオバサンと呼ばれている」

「こっちのセリフだよ」

※画像は内館女史。

一般的にオバサンとよばれているであろう人達を悪い意味で面白おかしく指摘して、

「私たちはそうならないように注意しましょうね」

とでもいいたげな内容。

お前がオバサン以外の何者なのか、誰も買わないからって好き勝手言ってんじゃねーぞ!

2点。