【ダジャレは許さん!】悪質ダジャレタイトル本 ワースト5

金をかけずに出来る趣味

本屋巡りほど、コスパの高い時間つぶしはない。

ということで、金もないので本屋巡りを休日の趣味としている私は、本のタイトルにおいて、ダジャレがタイトルであるものをよく目にする。

人一倍ダジャレが嫌いな私からすると、許せないものが多いので以前にも本屋でみかけた悪質なダジャレタイトル本をワースト順にランキング形式で書いたのであるが、それから半年ほどたち、新たな悪質ダジャレタイトル本を数冊発見したので、改めてランキング形式で発表させていただく。

 

ワースト5 板野博行著「ゴロゴシリーズ」

 

現代文ゴロゴ、漢文ゴロゴ、古文ゴロゴなどなど数冊あるゴロゴシリーズ。

ゴルゴ13のゴルゴと、語呂とのダジャレと思われる。

で、イラストもなんとなくゴルゴチックな男性のものである。

ダジャレだかなんだかよくわからん所も悪質である。

 

ワースト4 尾木直樹著「尾木のママで~言わせていただくワ♡~」

自らのニックネームである尾木ママを、こともあろうに自分からダジャレとして使うという荒業が許せない一冊。

尾木のママで、って、お前が尾木以外の何になるんだ!と怒鳴りつけたくなる代物。

帯文には

「尾木ママ節が炸裂!」

などと書かれているが、尾木ママ節とはいったいどんな節であるのか気になるところではあったが、中身は読む気はないので、尾木ママ節とは何であるのかは分からずじまいだった。

 

ワースト3 農山漁村文化協会編著 「農の仕事は刃が命」

 

現代農業特選シリーズ DVDでもっとわかるなどと謳われておる農業には刃が大切であると訴える一冊。

随分昔になるが、某歯磨き剤のCMで「芸能人は歯が命」というキャッチコピーがあったがそれとのダジャレである。

なんで今さら?

とも思うが思いついたら言わなきゃならない、それがたとえ後年まで残る本のタイトルであっても、思いついたんだから却下はできない悲しきダジャレ野郎のサガがにじみ出ている。

まったく、にじみ出さないで欲しいものである。

 

ワースト2 中村明著 小津の魔法つかい

日本人が忘れかけている日本文化の良さ、日本語の美しさを小津映画のセリフを通じて読み味わう。戦後の小津安二郎作品を中心に映画の中で語られる「日本語」をピックアップして、映画のシチュエーションとともに解説する一冊。

サブタイトルでは、「ことばの粋とユーモア」とでかでかと謳っておるが、小津安二郎作品関係だからといって「小津の魔法つかい」などとタイトルをつけてしまう者になんのユーモアがあるのか!と一喝してやりたくなる。

繰り返しになるが、例え思いついたからといって何でもかんでも言えばいいってもんじゃないのである。

 

ワースト1 茂木大輔著 「くわしっく名曲ガイド」

「クラシックの名曲をガイドする」

「ただガイドするだけじゃない、詳しくガイドする」

「詳しく、クラシックの、名曲を、ガイドする」

「くわしっく名曲ガイド」

「マーベラス」

などと、持前のインテリ特有のギャグを言っていそうで腹が立つ一冊。

腹が立ちすぎて、俺も生活が楽になったらクラシックの演奏会とか聴きに行く身分になりてえ、と、つい自分の人生を振り返ってしまった。

それにしても、くわしっくねえ、やれやれ。

 

【間違った姉御肌】「あたしゃあアネゴだよ!」について考える!

姉御肌と書いて

アネゴ肌の人がいる。
周りから頼られる気風のいい人である。

アネゴ肌の人は恋愛経験が豊富である。

と言うか特にダメ男との恋愛経験が豊富である。

そのため、周りに近寄ってくる妹分達がダメ男に振り回されているのをみると黙ってはいられない。

「そんな野郎は一発ひっぱたいてやりゃあいいんだよ!」

などと言ってややこしい恋愛問題を一刀両断し、アドバイスを受けたほうも気持ちが大きくなり、恋愛に対する悩みの糸口を見出したりすることになる。

そしてまた、アネゴ肌の人の周りには、それを慕う妹分たちが集まってくるのである。

つまりは面倒見がいい優しい人なのである。

アネゴ肌の人、私は好きです。

というか、良いと思います。

が、中に許せないアネゴ肌がいるのである。

私が許せないのは、そういったアネゴ肌の人が、自ら自分をアネゴ肌であると主張することである。

アネゴ肌の人がやってはいけないこと

アネゴ肌とは周りの人が

「あの人はアネゴ肌だねえ」

「頼りがいがあるねえ」

などと言って評価するものであるにもかかわらず、中にはごく少数だが自ら

「私、アネゴなんで」

「というかANEGOなんで」

と、恥ずかしげもなく名乗る者達がいる。

たまたま自分がアネゴ肌であるのをいいことに、往年の篠原涼子主演ドラマにちなもうとし、あわよくば顔が篠原涼子と似ていると思われるようとするアネゴが大勢いるのに腹が立つ。

 

アネゴは、自分がアネゴであるということを、どのようにアピールするか?

 

一部の悪質なアネゴ肌のものが行うアネゴアピールには以下の二種類がいることが判明した。

①メアドでアピールする。

〝***anego@****.ne.jp〟

などと、自分でメアドにアネゴと入れてしまう。

周りから言われるのはいい!
むしろいい!

が、自分で言ったらいかん!

自分で言ったらいかんのである!!

②SNSのニックネームでアピールする。

仮にアネゴ肌の人の名前がリエコだとすると

〝リエ姉〟

とか

〝りえねえ〟

などと自分のアカウント名をつける。

または

〝りえねぇ〟

などと最後の「え」を小文字で表記したりする。

もうたまらん。

これ、周りから

「りえねえ☆」

などと言われている分にはまったく構わん、というか微笑ましくもあるのに、自分で名乗った瞬間、すべてが逆効果となり、見ているこっちは倒れそうになるのである。

しつこいようだが、自分で言ったらいかん!

自分で言ったらいかんのである!!

 

※写真はアネゴの代表格である、かたせ梨乃演じる関東小政。

※写真は、肉体の門つながりで登場する爆風をあびる西川峰子(当記事とは無関係)。

有名人の場合はどうか?

例えば、有名人でアネゴ肌と言われれているのは小池栄子である。

小池栄子はSNSにおいて、なんという名前を名乗っているのか?

〝小池ねえさん〟

などと名乗っていたら注意しないといかん!

と、調べてみるが、出てこない。

表立ってはSNSはやっていない模様。

小池栄子、正真正銘のアネゴである。

しかし当記事のオチがつかん。

「誰か一人でも自らアネゴと名乗っていてくれ!」

と、こうなったら、アネゴ肌と言われている有名人を次々に調べて、自らアネゴと名乗っていたらオチにしてやろうと、次々に検索する。

・天海祐希

・椎名林檎

・篠原涼子

・米倉涼子

・桃井かおり

・小泉今日子

・ハイヒールリンゴ

と検索するが、全員表立ってはSNSはやっておらん模様。

調べるまではまったくわからんかったが、さすがアネゴ肌たちである!

全員正真正銘のアネゴであった。

自らアネゴなどと名乗るどころか、全員SNSなんぞはやっておらんかったのである。

まあ、単に年くってるだけかもしれんが。

【桂歌丸といえば?】大喜利時のリアクションで性格がわかる!桂歌丸=喉仏説

桂歌丸と言えば〇〇だ!

桂歌丸と言えば何を思い出すだろうか?

「落語家」

とか

「笑点の司会者」

などと言う人が多いだろうが、もしもあなたが昭和生まれだとしたらこの様な連想をしたら失格である。

昭和生まれとしては、桂歌丸と言えば、ぜひ

「喉仏」

と答えて欲しい。

「え?喉仏?」

「生き仏の間違いではないか?」

などと言ってもらっては困る。

生き仏とは、この世にあらわれた仏のような人をさして言う言葉であり、桂歌丸は、長生きをしているが別に生き仏ではない。

落語界の大重鎮として、落語界の生き証人かもしれないし、生き字引かもしれないが、決して生き仏ではないのである。

そういった意味で、あくまで桂歌丸は、生き仏ではなく、喉仏なのである。

大喜利の回答直後のリアクションで、その人の性格がわかる

これは歌丸が笑点の司会と思っている者にはわかるはずがない。

先代の三遊亭円楽が笑点の司会であった当時、桂歌丸は回答者であった。

「え?笑点の司会は春風亭昇太じゃないの?」

なんて言う人はこの際、放っておく。

さて、笑点に限らず、大喜利の回答者には回答のあとの独特のリアクションがある。
で、そのリアクションにはその人の持つ隠しきれない性格があらわれてしまうのである。

 

 

IPPONグランプリでのバカリズムのリアクション

例えばIPPONグランプリというフジテレビの大喜利番組があるが、それに於いても同様で、回答者は己の回答を出したあと、それぞれ独特のリアクションをする。

IPPONグランプリの常連といえば、バカリズムであるが、バカリズムは回答のあと、目を細め、とりあえず目元だけ笑顔を残すというリアクションをする。

しかし決して心から笑っているのではなく、あくまでも自身の〝やや嫌われキャラ〟による回答への悪影響を緩和するために

『お願い!俺の性格は度外視して、純粋に回答だけで判断して!』

の思いを込めて目元だけはニッコリと笑ってみせるのだ。

しかしそんな願いもむなしく観客ほ反応が薄かった場合のバカリスムが、次の回答権を得るために、早押しスイッチをこれでもかち言わんばかりに連打しまくり、他の者が回答権を得ると舌打ちせんばかりの表情をする姿を見てバカリズムの心の闇を垣間見たことが、あたなにもあるはずだ。

 

 

IPPONグランプリでのアンタッチャブル柴田のリアクション

同じくIPPONグランプリでは、アンタッチャブルの柴田の回答のあとのリアクションが独特である。

柴田は回答を出し、思い切りスベり、観客の反応が薄いと

「あれー?」

と抜かし、あまつさえ

「ちょっと待ってー!」

などと立ち上がったりする。

リアクションとして、急に立ち上がったりするのはヤバい人間のすることである。

 

もしも笑点でこんなことをしたら大変である。

笑点でスベッたあとに

「ちょっと待ってー!」

なんて言ったら、山田隆夫に座布団から蹴り落されることになるからである。

って、別に大変なことでもないか。

ということで、大喜利の回答直後のリアクションで、バカリスムは心の闇が浮き彫りにされたが、柴田の場合もヤバい人間性が浮き彫りにされたのである。

というかアンタッチャブル柴田の場合、そもそも存在自体が闇なので仕方がないのであるが。

 

〝桂歌丸=喉仏〟の謎を解く

さて、薄々お気づきの方もおられると思うが、桂歌丸=喉仏とは、桂歌丸が大喜利の回答をしたあとのリアクションから来ているのである。

思い出して欲しい。

桂歌丸は笑点の大喜利回答者だったころ、回答を出したあと、カメラ目線で視聴者を真正面に見据えながら、喉仏を上下に激しく揺らすように動かしていたのである。

どれくらい揺らしていたかと言うと、口から喉仏が出そうなくらいに揺らしていたのである。

「桂歌丸の口の中に小さい桂歌丸をみた!」

などと言う人が居たような気がする。

(いません)

客が受けようが受けまいが、桂歌丸は喉仏を揺らし、微笑みを絶やさず、慈愛に満ちた表情の歌丸をみると、例え回答が面白くなかったとしても、その喉仏を見ているうちに

「この人がこんなに喉仏を揺らすんなら」

「俺たちもどうか笑ってやろうじゃねえか」

「そーだそーだー」

と、いつしか我々視聴者一同は、歌丸ワールドへ引きづりこまれていたものである。

アンタッチャブル柴田はこういう歌丸師匠の姿勢を見習ってほしい。

ということで桂歌丸は、落語家の前に喉仏なのである。

いや、喉仏ではないか。

【急に残高0!】住民税による口座差し押さえ体験記!⑩

分割納付の最終回終わる

で、迎えた2016年11月、2013年9月から三年二か月に及ぶ分納を払い終え、以下の様な嬉しい手紙が届いておしまいになった。

 

これ届いたとき、っていってもたかだか一年前だが、本当に部屋でひとりで

「やったぞーーーーーーー!!!!!!」

と叫んだのである。

さて、長々と書いてきたこの差し押さえ騒動。

何が書きたかったか?

それは、実際に差し押さえられてビビっている人へ、すばやく行動すれば口座の凍結は解除されるということと、差し押さえは生活の見直しになるということ、で、今回の私の都民税差し押さえ時代の都知事どもの不祥事の数々を書きたかったのである。

私の都民税差し押さえに絡む都知事ども

収めていなかった私が悪いのは重々承知の上ですが、払い終えたので書きたいことを書かせていただく。

猪瀬直樹 元都知事

任期:2012年(平成24年)12月18日~2013年(平成25年)12月24日。

私が差し押さえられた2013年9月段階での都知事。

徳洲会グループから5,000万円の資金提供という名の賄賂を受け取ったとして、2013年12月辞任。

私が差し押さえられた3か月後に辞任。
個人的には私を差し押さえたバチが当たったと思っている。

「猪瀬が貰った5,000万から俺の90万はらっとけ!」

とか当時は口癖のように言っていた。

猪瀬都知事、退職金1,100万円!

「猪瀬~!!!!!」

舛添要一 元都知事

2014年(平成26年)2月11日~2016年(平成28年)6月21日

政治資金をめぐる公私混同疑惑を発端として常識外れに高額な海外出張費、週末に公用車で神奈川県湯河原町の別荘に行き来していたこと、そして5月には自身の政治資金管理団体の支出が、舛添要一氏の個人的な家族旅行、飲食費、土産代、美術品の購入に使われていたことが、問題となり辞任。

私が分納期間中の都知事、個人的にはやはり私を苦しめたバチがあたったと思われる。

バチっていうより自業自得か。

「その公的資金から俺の90万払え!」

で、舛添元都知事、退職金2,200万円!

「舛添~!!!」

石原元都知事

1999年(平成11年)4月23日~2012年(平成24年)10月31日

「都民の税金未払いは、徹底的に取り立てる!」

と言ったオッサンである。

が、その裏で法外な値段の海外出張費、友人知人との料亭での豪遊を公的資金で行うなどの舛添チックなものとは別に豊洲問題などなど不祥事は書いていたらきりがない。

新銀行東京などという銀行を作ったが結果は、1,400億円の都民の血税をドブに捨てた形に。

「おい、その1,400億円のうちからひとつ、俺の90万というはした金を払ってくれないかね?」

石原都知事、退職金、一億5,000万円。

「石原~!!!!」

 

どいつもこいつもしらばっくれんじゃねえ!

東京都よ!

俺の様なこものを追いかけまわして口座凍結なんかしてないで、こいつらが不正に得た、使った血税分をきっちり払わせろ!

払えないんならこいつらの財産を差し押さえろ!

厄年は関係があるか?

差し押さえられた2013年、支払いを終えた2016年の三年間。

これが私の前厄、本厄、後厄の三年間の身に起きた出来事です。

【急に残高0!】住民税による口座差し押さえ体験記!⑨

一か月9万円で生活する方法

さて、それからと言えば、なんとかかんとかその月を12万円-3万円(仕送り分)=9万円で生活をやりくりし、もやしと、会社の仕出し弁当でなんとかやりきり、翌月の給料まで生き延びることが出来た。

出来たはいいが、これから三年以上も毎月2万円を分納しなければならん。
毎月振り込み用紙が届くので近くのコンビニで支払いする。
本当に毎月毎月、この振込用紙が届くと悔しくて悔しくて。

忌々しい気持ちで支払いにいっておった。

もやしとたまご

もう、とにかく、金銭的に生活がやばい時は、もやしよ、もやし!
あと、たまご!

 

信じるものは体力だけ

あと、

〝金の代わりに体力で済ませられるものは、体力で済ませる〟

という、この心がけが大切である。

それまでは、ちょっと疲れたらタクシー乗ったり、バスに乗ったりしておったが、基本は自転車!

灯油買いに行くのも自転車!

コンビニ弁当買うなら、遠くのスーパーまで行って割引された食材で自炊!

あとは無駄を省く!

タバコをやめる。

まあ、差し押さえから一年後に辞めたのだが。

何が無駄かってタバコほど無駄なものはないのである。
吸ってて別に高揚するでなし、表向きはイライラを解消するなんていってるが、実際は吸うことによってニコチンを体内に入れ、それが切れるとイライラするというシャブと同じ状態。
そんなもんは辞めるに限るのである。

休日のたびに行っておったスーパー銭湯も取りやめ!

家で半身浴すればよし!

あと、外で酒飲むのを辞める。

というか酒をやめればいいのだが、私の場合は半年で禁酒に失敗してしまった。

そして毎日、会社で食べるように弁当をつくるようになった。

という感じで、よく考えれば、それまでの収入のわりに贅沢をするというような乱れた生活を正してくれるような形になり健康面で言えば、生活は逆に向上していった。
怪我の功名とはこういうことを言うのだろう。

 

特別区民税の定期便

で、この分納で払っていると、半年に一度、都内某区から振込用紙とは別の手紙がくる。

内容は、次回からの支払予定と、

「毎月の支払金額をアップを検討して電話を寄こせ」

というものである。

曰く、

「分納といえども利息延滞金もあり、サッサと払った方がよかろう?」

だそうである。

で、その都度、〇〇区区民生活部納税課に電話をするのであるが、だいたい一年に一度、担当者がかわるということである。

その時わかったのは、女性より男性の方が融通が聞くと言うか、男性の場合は

「でも岡村さんも、新潟でも住民税払いながらですもんね。大変ですよねえ」

などと嬉しいことを言ってくれるとことである。

で、先述のように私が生活習慣を改めたため、分納中ではあったが少しづつ生活が楽になっていったこともあり、一年後には毎月22,000円、二年後には24,000づつ支払うことにしたのである。

(つづく)

【急に残高0!】住民税による口座差し押さえ体験記!⑧

口座凍結解除!

その足で駆け込むように銀行へ行き、口座から12万円を引き落とす。

別に慌てて引き落とす必要は無かったのだが、国がその気になれば口座など、あっという間に凍結したり解除したりできるシステムに恐れをなしていたからである。

ここで断言するが、もう、サラ金よりも闇金よりも、督促の手段でいえば国が一番恐ろしいのである!

ここ数時間シケモクばかり吸っており、ニコチン切れ状態で我慢がならず、まずはその金でタバコを買って思いっきり吸ったのである。

なんとか今月の生活を12万円でやりくりしなければならん。

 

一か月12万円で生活する方法

具体的にはどうしたか?

とにかくもう後回しにできるものは全部後回しにすることにする。

電気、ガス、水道など一か月遅れるくらいでは止められないものを翌月払いにすることにした。

しかし携帯代などは半月も遅れると停まるので期日通りに支払う。

家賃は、実際は一か月くらい遅れても退去させられることはないが、私は過去に家賃滞納で宿無し経験があり、それ以来

「なにがあっても家賃は期日通りに支払う」

と決めているので、これはきちんと支払った。

食費をどうにか後払いにできないか?と思い、会社で昼食用に事前に頼むと一食400円で出前形式で届けてくれる弁当があり、それが翌月払いなのでそれを頼むことにした。

昼食と言わず、朝昼晩全部弁当にするべく、昼食時に三食分を注文すれば一か月の食費が丸々翌月払いにすることが出来たが、いくら後回しにすると言っても、一食400円は無駄が多く、且つ、一応私にも職場での体裁の悪さもあるので、それはしないことにした。

そのため、昼食以外は基本、もやし、たまご、お米、を中心にした質素極まりないものとすることにしたのである。

それでも12万円では心もとない。

毎日タバコも吸わねばならん、酒も飲まねばならん。

その上、12万円のうちから3万円を母親に仕送りせなばならん。

というか、母ちゃんも一か月くらい俺の仕送りがなくても別に困りゃあしねえだろう。

実家に帰るたびに、ジャパネットで特大冷蔵庫は買うわ、ルンバは買うわ、大画面テレビは買うわであるのだ。
また最近では新車を購入し俺なんかよりよっぽど裕福な生活をしているのである。

そうだ、そうだ、母ちゃんに今月の仕送りを勘弁してもらおう!

 

「一か月仕送り勘弁してください!」

そうだそうだ!

とさっそく母親に電話をいれる。

「いや、恥ずかしい話、住民税滞納で差し押さえられちゃってねえ」

「今月12万円でやりくりしなければならなくて」

「だから申し訳ないが、今月の仕送りは無しってことで!」

というと

「それはいかん」

と言う。

ジャパネットの支払いなどがあるのだという。

「いや、ジャパネットどころか、こっちは生活がかかってるんで」

というが

「お前、毎月泥水飲んでも仕送りするって言ってたんじゃないのか?」

と言うので、

「今からちょっと泥水飲んでくるわ!」

と言って電話を切り、怒り心頭で母親の口座あてに三万円を振り込んだのであった。

 

(つづく)

【急に残高0!】住民税による口座差し押さえ体験記!⑦

〇〇区区民生活部納税課

自分が蒔いた種とは言え、我が銀行口座を凍結しやがったのは三年半前に引き払った東京の某区によるものであったと判明した。

ググった知識でもって、一円でも多く返してもらわなければならぬ。

まず、住民税滞納の時効は五年である。
で、私は以下の二点を武器にして、〇〇区区民生活部納税課に電話をして交渉することにした。

まず一点目は、私は三年半前から既にその土地にはおらず、三年前分からは支払いする謂れはないということ。

そして二点目は、三年前からは母親に毎月3万円のし送りをしており、私からの送金がなくなれば私だけでなく、母親も生活が立ち行かなくなる可能性が有るということ。

さあ、これを言葉巧みに泣き落としでもって交渉にあたれば、12万円どころか一旦口座の残金をすべて使えるように口座凍結を解除してくれるかもしれない。

と、深呼吸をして〇〇区区民生活部納税課に電話し、名前、住所を告げると私の担当者と名乗る女性に引き継がれた。

なるべく腹が減って腹が減ってたまらん、しかしながらそんなことには文句は言いません、あっしが悪いんでげす、と、実際はド二日酔いで食欲どころではなかったが、表面上はそういう悲壮感タップリの声をつくって

「あのう、なんとかしてもらえませんでしょうか?」

と言うと

「どうしてここまで放置しておったのか?」

と言う。

「三年半前に東京を引き払いまして、それからは青森やら札幌やらに長期の出張をしておりまして」

「あくまで出張だというんで、郵便局に転送届もださずで、住所も移してなかったんで気が付きませんでした」

〝おでーかんさま〟

〝なんとかしてくだせえ〟

という感じで答え、心証を悪くしないように言葉に注意しながら

「その口座以外に口座もないし、貯えもないし」

「このままでは生活が立ち行きません」

「必ずお支払いしますから、なんとか一旦口座の凍結を解除してください」

と、ググった結果でてきたキラーワードをかますと、しばし保留にされたのち

「それでは、一旦12万円だけ口座に残して口座の凍結を解除します」

「それ以上の残高は滞納分に充てます」

「それでも足りない分は毎月分割で支払うことにしましょう」

と言う。

 

 

ここを先途と

数分後には口座凍結は解除されるとのこと。

で、詳しく聞けば、滞納分は時効が過ぎていない2008年から2013年までキッチリ5年分だという。

『来た!』

と思う。

『ここでもう一押しだ!』

と思い

「でも、私は三年半前から既にそこに住んでいないので、東京を離れた2010年の末までしか支払う必要はないのではないでしょうか?」

と言うと

「だったら、2010年の末からどこか別の市町村に住民税を収めていたのですか?」

「だとすれば話もできますけど?」

という。

勿論、住民税など収めていなかったので、

「しかし毎月母親に仕送りをしておりまして」

と言うが、

「それはこっちは関係ないんで」

と言われ、ぐうの音もでなくなり、担当者と協議の上、毎月2万円づつ分納で、延滞利息は14.6%で、三年以上かけて、都合90万円也を支払うことになったのである。

最後に例え12万円だとしても一旦返してもらえることにお礼を言って電話を切り、この時、私は心の底から

「名実ともに、いよいよ年貢の納め時だな」

と思ったのである。

(つづく)

【急に残高0!】住民税による口座差し押さえ体験記!⑥

差し押さえ 分は返してもらえるか?

指なんかガタガタ震ているが必死に検索する。

出てくる結果は、だいたいがYahoo知恵袋などの相談形式のもので

「友人が住民税の支払が遅れて口座を差し押さえられました」

「生活が出来ないと言っています」

「どうしたらよいでしょう?」

というような、相談内容。

これに対する回答はだいたいが以下のパターンに分けられる。

①チャチャいれ一派

「〝友人が〟って本当はお前だろう!」

などと人が困っているときにどうでもいいチャチャを入れて特に回答しない奴ら。
ムカつく。

②役所の回し者一派

納税は国民の義務である、何処かから金借りて生活しろなどと抜かす奴ら。
本当のところどうか知らんが、役所の回し者とかが多いんじゃないかな、とか邪推する。

こういうヤツがまあ多い多い。
人が切羽詰まってるときに

「納税は国民の義務だ!」

とか、うるせえわ、と思った。

「切羽詰まるお前が悪い」

とか、はいはい、アッチ行けシッシッ!

③専門家と思われる一派。

「差し押さえられた金額は、どんな事情があっても返してもらうことはできません。」

「差し押さえ前に、最低3回は督促状が届いているはずで、差押え前には分かりやすく、最後通告と言う普段と違う色のハガキも届く」

「その上で、再三督促をしているにもかかわらず、何の連絡もよこさないと言うことは支払う意思がないとみられ、差押えさられます。」

「不服申し立てなどの方法がありますが、このケースは申し立てても却下されます。」

「なので、差し押さえられる前に、督促を受けている段階で正直に分納などの相談を区役所の担当者とすべきでしょう」

などと最もらしく書いてある。

これ、差し押さえれる前になんとかしようという注意喚起ではあるが、正確なものではないので、というより間違いなので、実際に差し押さえられた人は、まず安心して欲しい。

④差し押さえ経験者一派

経験談から確かな回答をしてくれる気持ちのいい連中。

「うちのバカの元夫が」とか、「過去に私も同じ目に遭いまして」とかいう書き出しで答えてくれている。

しかしこの手の書き込みは、まー少ない少ない。

まあ、差し押さえ経験者なんてそうそういるもんじゃないから仕方がないが。

あとでわかるのだが、これが本当にこの人達の言う通りだったのである。

 

給料を差し押さえられたのではなく、口座を凍結されたということ。

どこまでが本当かは知らないが、給料を全額差し押さえるのは違法だそうで、手取りの4分の1までしか許されていないそうである。
しかし、住民税を差し押さえが必要なほど滞納しているのは、手取りの4分の1程度の額であるはずがないため、住民税などの差し押さえの場合、給料の入っている口座から引き落としができないように口座を一時的に閉じる=凍結するらしい。

で、そのまま放置すると、その抑えた金を滞納している税金に充てられる。

で、滞納分に金を充当されてしまうと、お金は返ってこないのだそうだ。

そうならないようにするには、以下が大切である。

・まず、速攻で役所の該当部署に電話をする。滞納分に充当されたら大変!

・担当者に正直に、生活が出来ない旨を伝える。

・そうすれば、即日口座凍結を解除して12万円は返してくれる。

・で、次の給料日までその12万円で生活する。

・どうしても生活できねば友人・知人、サラ金などに借りるしかない。

12万円という金額は、もしかすると一人暮らし用で、家族のある人は額が違ったりするのかもしれないが。

私は確かに書き込みとおり12万円が帰ってきたのである。

というのが私の実体験からの回答であるので差し押さえられた人は参考にして欲しい。

 

(つづく)

【急に残高0!】住民税による口座差し押さえ体験記!⑤

とにかく一旦、震えて眠る

部屋に帰ってきたものの、口座が差し押さえられたのが、本当に住民税が原因かどうかも分からず、とにかく明日、銀行に電話するまで何をどうしたらいいかもわからない。

腹が減る。

全財産130円。

給料日まであと一か月。

元多重債務者で借金などできないし、したくない。
と言うか、一か月もの生活費を貸してくれる人もいないし、貸してくれても返す見込みがない。

そう考えるとガタガタ震えてくる。

何にもできない状態で、心配しているばかりでは体に毒である。

「それでは私は今、何をすべきか?」

「酒を飲むべきである」

と、食べ物も買い置きはないが、酒の買い置きは気絶できるほどあるので、4リットルのウィスキーのペットボトルから、それをコップにドブドブと注ぎ、一気に飲む。

が、ぜんぜん酔わんのでその後もストレートでガブガブと飲み、本当に気絶するかのように眠ったのである。

※写真は私の部屋に常にある、泣く子も黙るブラックニッカ4リットルペット。

いざ、銀行に電話!

翌朝、ど二日酔いの頭で9:00ジャストにキャッシュカードに記載されている電話番号の銀行へ電話をかける。

口座が急に残高0となり、昨日、ここに架け直すように言われたものであると告げる。

長い間保留にされた挙句

「担当部署をご案内しますので、そちらにおかけ直し下さい」

と言って、更に別の部署の電話番号を教えられたので、そちらに架け直す。

すると、その部署の担当者から

「〇〇区役所から口座凍結されました」

と説明され、

「これ以上のことは、銀行に聞かれてもわかりませんので、〇〇区区民生活納税課にお問い合わせください」

と言う。

これだけのことが、なんで昨日言えんか?

くだらん、と思って電話を切った。

差し押さえられた金は返してもらえるか?

さて、いよいよ急に口座の残高が0円になった原因がはっきりした。

はっきりしたはいいが、だからといって

「ああそうですか」

と言うわけにはいかない。

自慢じゃないが、他の口座に貯えなども一切ない。

区役所に電話しても解決するかどうかわからん。
焦って交渉を失敗してもいかん。

なんとか分割で支払うので、口座の凍結を一旦解除してくれないか色々と下調べせねばならん。

というか、口座の凍結ってなんだ?給料を差し押さえらたんではないのか?

と、スマホで

〝差し押さえ〟

について検索につぐ検索を開始したのである。

(つづく)

【急に残高0!】住民税による口座差し押さえ体験記!④

親に毎月仕送りするに至った経緯

そうこうして2010年の年末に東京のアパートを引き払い、長期出張で青森へ行ったのだが、新事業立ち上げであり、朝から深夜まで、本当に朝8:30から深夜2:00まで毎日のように働かされた。

もうこの仕事はキツくてキツくて。

どのくらいキツいかと言うと、当時の責任者が連続無断欠勤の末、バックレるというくらいキツい。

たまに休日はあるものの、雪であり、雪だらけであり、外にでるのも億劫である。

また外に出たとしても遊ぶところもなく金は使わない。
住まいは会社が借りたウィークリィーマンションである。

その上、出張費は出るわ家賃も光熱費もかからんわ。
食事は社食で激安のものを食べたりしており、金を使うといえば、当時吸っていたタバコと毎日の安焼酎代、近所の250円で入れる温泉代くらい。

そのため、この頃は給料が支給されるたびに

「また振り込まれてるよ」

「金が減らねーよ」

などと嬉しい悲鳴をあげておったのである。

その前に、とにかく休みたかったが。

そんでもって、口座にはどんどん金が増えていき2011年の3月にもなるとそれまでの人生で一番金があるようになった。

というかこの時に差し押さえてくれたら、まったく痛くも痒くもなく一気に支払えたのにと思う。

が、郵便局へ転送届もださず、出張なんで住所も移さぬで、まったく区民税の督促状なども届かず。

まあ、届いていても、例のルパン三世気取りで払わなかった気もするが。

で、運悪くというか、この時には差し押さえられず、本当はクレジットの支払も48万円滞納しているわ、過去4年分の区民税は一銭も払っていないわ、にもかかわらず

「金がうなってるぜ!」

と勘違いし、それまでの自分の人生を振り返り

「そーいえば、俺ほど親不孝もんもいねーなー」

などと柄にもなく反省。

昔からしてみたかった田舎で一人でくらす母親への仕送りをしようと思い立ち、母親に電話。

「これから毎月、3万円を振り込むから」

と伝えて口座番号を聞いた。

母親は

「お前、大丈夫なの?」

と心配していたが

「いや、俺も大人だからさ、そんなはした金なんともないわ」

「まあ、泥水飲んでも毎月の仕送りだけは欠かさないから安心してくれ」

と、毎月仕送りすることを約束したのである。

青森→札幌。ススキノに狂った私

その後、青森出張が終わり、続いて札幌に長期出張に行ったのだが、青森とは真逆ともいえる札幌は、金を使うことろが無いのでは無く、金を使うところしかない。

そんな訳で青森とのギャップにやられた私は、仕事終わりで連日連夜ススキノに通い詰め、まあ、ものの見事に貯えは半年ですっからかんになったのである。

 

そして、次に現在の新潟に出張ではなく、在籍することとなり、つつましく生活をしながらも、親には毎月仕送りを続け、2年半経過したときに、問題の差し押さえになったのである。

しつこいようだが、大の大人の全財産が130円である。

仕送りどころか、今から入ろうとしていたスーパー銭湯どころか、帰りのバス代さえない。

ススキノが懐かしい。

まあ、さきほどの行員の言うように、明日、銀行に改めて電話をかけなおそうと思い、トボトボとアパートに向かって歩き出したのである。

部屋につくまで二時間ほどかかったが。

(つづく)