【バンドあるある】 仁義なきバンド内抗争【一挙読み】

この物語の登場人物

 

・私(工業高校二年生/ボーカル担当)

・K(普通科高校二年生/ギター担当)

・N(商業高校二年生/ベース担当)

・H(商業高校二年生/ドラム担当)

ほか。

 

バンドの貯まり場はNの家

 

春の、土曜の昼過ぎ。

高校時代、当時組んでいたバンドのメンバーの貯まり場のようになっていたベース担当の友人Nの家にいくと、いつも通りギターのKと、ドラムのHも来ている。

が、なんだか空気がおかしい。

 

「お前、裏切る気か!」

 

「俺たちより、そっちをとるのか!」

 

「それでパンクと言えるのか!」

 

などとNが責められている。

 

往年の学生運動のような気配である。

Nも憮然とした態度で

 

「そっちの約束の方が先だ」

「というか、お前ら勝手に来といて裏切るも何もない!」

 

と言っている。

 

話を聞いてみると、その日、Nの通う(私の憎む)商業高校の男子生徒がコピーバンド

(どうせBOOWYあたりの)

を組み近所の神社にある公民館でライブをするという。

 

そこにNは客として参加する。

そのため、集まってきた者に家から出ていけといったのが発端。

 

出ていけと言われたメンバー二人が

 

「お前の都合で貯まり場を明け渡すわけにはいかない」

 

「お前の家であって、俺たちの家でもある」

 

と言って喧嘩になったらしい。

 

 

女子高生との集いのチャンス!?

 

Nがあくまで正しく、その他の友人が無茶苦茶な言い分だと思ったが、そのライブには商業女子がわんさか来るという。

そこで私はNに

 

「みんなでそのライブに行くわけにはいかんか?」

 

と素直に提案してみたのであるが

 

「仲間内でやるライブなんで」

「他校生はちょっと」

 

などとニベもない。

 

これには私も

 

「工業高校を差別すんのか!」

 

「工業高校生にも人権はあるぞ!」

 

と怒り心頭。

 

『Nだけ良い目にあわせてなるものか!』

 

と、カンダタ根性丸出しになり、他の仲間と一緒になって

 

「行くんなら俺たちを踏み越えて行け!」

 

「家を出て、一歩での二歩でも歩けるもんなら歩いてみろ!」

 

と必死にNのライブ行きを阻止を試みる。

 

キレたN

 

Nは我々を一切無視。

平然と、この日のライブ用に、若者向けの紳士服屋で買っておいたらしい彼なりの勝負服と思しき

英字のプリントシャツと、ブラックジーンズに着替えている。

 

 

星条旗のキャップをかぶり、仕上げにジョンレノンのような丸いサングラスをかけ

 

「じゃあ勝手にすれば!」

 

と吐き捨てて出ていこうとする。

 

 

「それがてめえの考えるロックファッションか!」

 

「ロックに謝れ!」

 

などと背中に向かって叫んでいたが、聞こえぬふりをしてNは家から出て行ったのであった。

Nへのジェラシー

 

残された我々は、どうにもこうにも腹が立つ思い。

別に貯まり場を確保したかったんじゃない。

女子高生と交流を持ちたかったのである。

 

だいたいNは、身長はあくまで小さく、武田鉄矢のような顔をしておる。

だいたいが女などにもモテる要素が一切ないというのに商業高校へ進んだというだけでバレンタインにチョコレートなんぞを貰い
ホワイトデーのお返しに何か気の利いたものでも買おうと、今は無き

 

〝ファンシーショップ〟

 

なんぞに入っていったところを、運悪く私が発見。

私もNに続いて、こっそりファンシーショップへ入っていくと、

Nがクッキーの入った小瓶なぞを口半開きで品定めしているところを目撃し、
気持ちが悪くなって、Nに声をかけぬまま出てきた。

その一件以来、私はNに腹に対して据えかねるところがあったのである。

 

 

   ※写真はファンシーショップ

 

残された者たち

 

しかし、Nはもう家から出て行ってしまったのである。

まさかこのままN宅で遊んでもおれず、勝手に出て行ったNをなんとか辱めてやろうと思案を巡らす。

 

ギターのKは、絵にかいたようなギタリストで高校生ながらバカテク、且つ、細身で長身で二枚目というNとは対照的な男。

且つ、バンド内でも一番クレージーな男である。

 

Kは普通科に通っているが、クラスの暴力的なヤツに腹を立て

 

「湯気が立っていなければ意味がない」

 

と、意味不明なことを口にしながら学校に炊飯ジャーを持参。

 

見つからないように、そいつの上靴に炊き立てのご飯を敷き詰め、真ん中に梅干しを置いて日の丸弁当を作った伝説を持つ男。

そのKが持前のクレージーさを炸裂させて

 

「こうしてやる!」

 

と言って、Nの部屋の中にある物を部屋の真ん中に寄せ集め、マンガ本やらなんやらを塔の様に積み上げていく。

 

我々もそれを手伝い

 

「帰ってきたら、部屋にトーテムポールがあるという寸法だ」

「ざまあみやがれ!」

 

と言いながら天井まで届きそうな、タワーが出来上がり、頂上にはプラスチック製のハロウィンのカボチャを置く。

 

「これだけではインパクトに欠ける」

 

として、卒業アルバムをコンビニに持ち込み、Nの顔を大量に拡大コピー。

それに画びょうを指しまくったものを、部屋のあちこちに貼り付けたのである。

 

 

  ※写真はトーテムポール

 

エスカレートする若者たち

 

「これだけやっておけば、今後は、我々コルレオーネファミリーに逆らえまい」

 

とNの家から出ていこうとするが、我々の悪ノリもエスカレートしてきており

 

「これだけでは、まだまだ腹の虫が収まらん」

 

 

「ライブ会場で、女子高生の前で、恥をかかせなければ意味がない!」

 

と、昔からNの部屋にあり、タワーに刺してあった

 

〝祭〟

 

と書かれた、赤いでっかいウチワを抜いて、それを持ってライブが行われている公民館に向かったのであった。

 

敵は公民館にあり!

 

自転車に乗って数分で公民館近辺についた。

たかだか高校生のコピーバンドだが、結構人だかりができている。

まずは、ライブが始まって、これらのギャラリーが会場内へ入るのを、件の〝祭〟と書かれたでっかいウチワを持って、物陰に隠れてこっそり待つ。

 

 

ギャラリーを見れば、麗しき商業高校女子も満載だ。

こんな方々と、いつも授業を受けているNが羨ましい。

 

一方、男子生徒の方は、Nと似たり寄ったりの、せいぜいがプリントシャツか、柴田恭兵を意識したジャケットじみたものを着こんで、これ見よがしにタバコをくわえたりしているバカ者しかおらぬ。

 

『普段から虐げられている工業高校生代表として』

 

『こいつらに一杯食わしてやらなければならん』

 

の思いを強くする。

 

しばらくしてギャラリーが会場内へ入って行ったので、我々も建物に近づいていく。

 

Nに、どう恥をかかせるか?

 

ライブが終わって、女子高生の前で恰好をつけるであろうNにつかつかと歩み寄り

 

「あ、これ忘れ物だよ」

 

とNに〝祭〟のウチワを持たせて逃走しようということにした。

 

嗚呼ビーバップ野郎

 

「はやくこんなクソライブ終わりやがれ!」

 

などと言っていたら、体がデカくて頭も態度も悪そうなのを筆頭に数人の男が近づいてきた。

Nと同じ商業に通うドラムのHの同級生らしい。

 

 

 

「おい、H」

「こいつら何なんだ?」

 

などと言う。

 

ライブやっているのが、ストーンズなら、こいつらはヘルズエンジェルスの役割をしているのかもしれない。

 

『悲しきビーバップ直撃野郎め』

 

と思っていると

 

クレージー且つ、負けん気も人一倍強いギターのKが

 

「なんだてめえ!」

 

と、食ってかかろうとする。

 

温厚なHが慌てて

 

「友達友達、Nの友達!」

 

とKを制して

 

「なんだ、友達か」

「だったら早く言えよ」

 

等と言って、会場に入っていった。

 

 

ギターのKの全身に青白い炎がメラメラしているのがわかる。

こいつを怒らせるなんて

 

『こりゃあ、しらねえぞ(笑)』

 

と思うのだった。

その名はゴッチー

 

Hに聞くと、さきほどの態度もデカく詰め寄ってきたのは体がゴツイから

〝ゴッチー〟

と呼ばれているいう

 

『商業高校男子って、本当バカ!』

 

と思わざるを得ない、身も蓋もないニックネームを獲得している番長のような男らしい。

 

ゴッチーに目を付けられた以上、ライブ終わりでNにウチワを渡す作戦は、恐らく失敗するだろう。

 

あきらめてなるものか

 

「否が応でもNにウチワを持たすためにはどうするか?」

 

と考え

 

「Nの自転車のサドルの代わりにこのウチワを突っ込んでやろう!」

 

という結論に達する。

 

 

こっそりNの自転車に近づいていき、サドルをスポンと抜く。

そこへウチワの柄をサドルの穴に突っ込もうとするが、柄の方がかなり太くて入らない。

 

「なんか柄を削るもんないか?」

 

と探しているとHが

 

「アスファルトはある意味、もっとも粗いヤスリではないか?」

 

と言ったので

 

「そりゃそうだ!」

 

と、三人交代でウチワの柄を道路でゴリゴリ削り出した。

 

 

会場から、へたくそなBOOWYのコピーが漏れ聞こえてくる。

 

【ONLY YOU!そのままで~♪】

 

『そのままそのままウチワを入れる』

ゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリ

 

 

【ONLY YOU!たった一度~♪】

 

『一度と言わずに二度三度』

ゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリ

 

等とやっておったら、ウチワの柄は削った鉛筆のようにトッキトキになった。

 

サドルをドブに捨て、うちわをサドルの穴に刺し、その自転車を三人で持ち上げて、会場の入り口正面に設置して逃げるように帰ってきた。

 

「俺たちを敵に回すと、どうなるか思い知れ!」

 

などと叫び、ライブ終わりでNがどんな気持ちになり、周りからどう思われたのか、想像するだけで笑いが止まらなかった。

 

その後はどうなったの?

 

その後、喧嘩になることなく、お互いに笑い話として理解し、何事もなく四人のバンド関係も、友達関係はそれまでと変わらず続いた。

変わったことがあるとすれば、Nが我々の言うことに対して素直に言うことを聞くようになった気がしないでもない点である。

 

いいおっさんになった今でも、Nの実家には件のウチワがある。

たまに遊びに行くと、その柄の部分がトンガったウチワを目にして

 

『クックックックッ』

 

と笑いが込み上げてくる。

 

ちなみに

 

後日、ドラムのHの引率で、ギターのKが炊飯ジャー持参で商業に乗り込みゴッチーの上靴に日の丸弁当を作成。

その日を境に校内でのゴッチーの地位は、著しく没落したのである。

【お笑い芸人になりたい?】私がお笑い芸人になれなかった訳【一挙読み】

憎むべき商業高校男子

 

商業高校への入学試験を受けさせても貰えなかった私にとって、女性満載の商業高校へみごとに進学していった仲間たちは、表面上は仲が良いものの、心のどこかでは憎んでいるところがあった。

 

その商業へ行った中学の仲間が高校三年の文化祭で、お笑いをやるのでネタを書いてくれと言う。

当時、私の書いたものがラジオでポツポツ読まれていたのでそれを聞きつけてきた模様。

 

「ふざけるな!」

「普段から女の中で生活しやがって!」

「こちとら文化祭のイベントは、知らない落語家の落語鑑賞なんだよ!」

 

と思ったが、自分のネタがウケるのか確認するチャンスでもあるし、引き受けることにした。

書いたネタは、まあ、学校あるあるに毛が生えた程度のものだったが、観客がなんでも笑う世代でもあったため、そこそこウケたらしい。

それを勘違いした、その仲間が

 

「俺たちならいけるかもしれない」

 

と言う。

勝手に私を仲間に引き入れ〝俺たち〟などと言っているのに腹が立つ思い。

 

「一緒にお笑い芸人になろう!」

 

という。

 

私は小学校のころからお笑い芸人になろうと思っていたので

 

「まあとりあえずのきっかけに」

 

と中学からの友人四人でお笑いユニットを組んだ。

 

お笑いユニット結成

 

コントのネタを作って練習。

今から考えれば、自分の書くネタは面白いけど、恥ずかしくてとても自分で演じたいようなものではなく、だいたいが残りの三人が演じて、最後に私が出てきて一言だけいって終わるスタイルで、その頃から、どちらかというと裏方だったんだと思う。

 

「芸人になるにはプロダクションに所属すればいい」

「所属を希望する旨を事務所に電話をかければいいんじゃないか?」

 

と、バカ丸出しで、卒業後まもなく、電話帳で調べて東京の大手プロダクションに電話。

 

「あの、そちらで芸人になりたいんですけど」

 

と伝えると説教のひとつでもされるかと思いきや

 

「だったらいついつにネタ見せをするのでネタもって来てください」

 

と簡単な返事。

 

「いよいよ俺たちも東京デビューだ!」

 

と、デビューでもなんでもないのだが、公園や河原でネタを練習して、上京に備えるのだった。

高速バス

 

 

金がないものの、どーにかこーにか東京への高速バスの往復券は購入できたが、宿泊費までは手が回らない。

そこで、高校時代に組んでいたバンドのギタリストのKが、高校卒業と同時に上京。
音楽の専門学校に通っており(高校の卒業式を終えてから願書を出したという)、多摩地区にあるそいつの寮に俺たちを泊めてくれることになった。

高速バスを降り、中学の修学旅行依頼の東京。
一旦、我々もKの寮で一泊。

翌日、新宿区にある某事務所のネタ見せに向かった。
電車から見える風景、中づり広告までがなんだか東京っぽくちょっと怖いような思い。

 

事務所へ

 

ネタ見せ会場は、事務所ビルの地下にある、サイズもつくりも学校の教室のようなところ。

 

テレビで見かける知っている顔もちょこちょこいる。

 

事務所側の人間と、放送作家らしき人が長テーブルに座っており、ネタを見せる側は、床に直接座る恰好。

 

まずは当時売れていたコンビ(ちなみに今でもたま~にテレビに出ている人)がネタを披露し、さすがの実力を見せつけて売れっ子らしくすぐに帰っていく。

新人にお手本を見せる形だったと思う。

 

ネタ見せは嫌気がさす

 

続いて、フリーアナウンサーの逸見政孝さんそっくりの容姿のボケの男性と、女性ツッコミのコンビでネタを演じた。

この直後、逸見さんがお亡くなりになったので、このコンビを二度と見ることはなかった。

その後は、ピン芸人のホワイトボードネタ。尚且つ下ネタオンリーの人。
キワモノ。
どうみてもお爺さん。
などなどそれこそ有象無象がネタを披露。

はっきり言って嫌気がさす思い。

 

我々の番

 

いよいよ我々の番がやってきた。
ネタは大映テレビ制作ドラマをごちゃまぜにしたパロディのようなもの。

 

ボケとかツッコミとか意味も分かっていなかったので、基本も何もまったくない。
とにかく出てくる登場人物が全員頭がおかしいので、異様だったんだろうと思う。

 

ネタが終わると、事務所の方も作家の方も事務所の方も言葉がないらしく、

 

「どうですか?」

 

「どうでしょう?」

 

などと聞きあっている。

作家の方が

 

「まあ、独特の世界感がありますね」

 

「ネタは誰が書いているの?」

 

あとで分かったが、このセリフは、特に感想がない時にだいたい誰でも言われるセリフである。

 

手ごたえが有ったのかなかったのかわからなかったが、隣に座る事務所一のキワモノ芸人の、みつまJAPANが

 

「面白いですねえ」

 

とかいろいろ話しかかけてきたので、より一層、俺たちは狂っているのか?の思い。

 

 

 

※画像は、みつまJAPAN。 至近距離で話しかけられると怖ぇぞー。

 

帰り道

帰りに浅草により、アニマル浜口ジムに見学に行ったりして、高速バスに乗り遅れ、東京駅の広場で夜明かしし、始発の新幹線で地元に帰ってきた。

 

数日後、事務所から次は、いつに来れる?と電話があり、全く箸にも棒にもかからなかったわけではなかったと一安心。

とりあえず、地元にも別の事務所が進出してきたこともあり、そっちにも掛け合ってみようかと調子に乗り始めたのである。

ちなみにギターのKはその後、ギタリストにはならず、日本ブレイク工業に勤務して合法的にビルを破壊、カジノバーの店長、拘置行き、ソープランドのボーイ、不動産屋、などなど数々の経歴を経て、現在は行方不明となっている。

 

私がお笑い芸人になれなかったわけ

 

その後もチャレンジは続くのだが、また後日書きます。

 

とりあえず、芸能界への憧れだけだと辛抱が効かずに続きません。

ちょっと褒められたぐらいでのぼせ上ってはいけません。

なんの世界でも、言ってみれば、ただの仕事です。

それを念頭において、自分のネタが金を出してみたいほどのものか、ライブでもテレビでも、裏方が考えた通りの、またはそれ以上の成果が出せるかどうか?

 

裏方に愛される存在か?

以上が出来ないのならお笑い芸人には、なれないのである。

 

【もしも貧乏のどん底で、大金の入った財布を拾ったら】あなたならどーする?【一挙読み】

財布を落としたとき

 

財布を無くすと、周りの全員が自分の財布を盗んだ犯人に思えませんか?

(思えない)

と言いう人は都合が悪いので、無視します。

 

さて、中学生のころ、近所の夏祭りに出かけて財布を無くしたことがあるのだが、その時も祭りに来ている者全員が犯人に思えて仕方がない。

 

お祭り中を転がるように探し回り、笑顔で話し合っている者たちがいると

 

「嬉しいことが有って笑っているんだな」

「俺の財布を拾ってネコババしたんだな!」

「テメエが犯人だろう!!」

 

と、相手を睨みつけ、財布の中身はせいぜい1600円程度なくせに大げさに憤っていたのである。

 

半泣きで家に帰ったのだが、財布は学生服の内ポケットに入っておった。

 

「あああ、なんて俺はバカなんだろう」

「困っているときの必死さは、冷静になれば滑稽でしかない」

 

と痛感したことがある。

 

 

財布を拾ったとき

 

逆に財布を拾ったこともある。

当時、東京にいたのだが、職場の業務縮小に伴い、賃金は低くなるが都内の別の場所で勤務するか、賃金は上がり、家賃も出してくれる青森で勤務するかの二択を迫られていた時のこと。

 

いつまでたっても金が無く、年がら年中ピーピー言っていたし、放送作家の見習いみたいにしてもらっていたのだが、テレビ業界自体も不景気で、才能のない見習いごときには先が見えぬ上、根っからの根性なしに出来ている私は

 

「作家の道を諦めるのは非常に残念だが」

「いっそ、青森で心機一転頑張ろう」

 

と決めて、荷造り(と言っても、ほとんど物を売ったり捨てたりするだけだったが)していた頃、お世話になっていた放送作家事務所に

 

「青森に行くので、もうこられません」

 

と告げて

 

「じゃあリンゴ食い放題だな!」

 

と訳の分からんことを言われた帰り道。

〝都落ち〟の文字が頭に浮かび、上京してからこれまでの生活が頭をよぎりいつ涙が出てもおかしくない精神状態であったとき、大江戸線に乗っていて、新宿駅で降りようと席を立ったら、隣に座っていた若い女性が私を呼び止める。

 

「落としましたよ」

 

と言う手には、見覚えの無いヘビ柄の長財布を持っており、私に差し出している。

反射的に

「すみません」

と答えて、その財布を受け取った。

前に座っていた人が財布を落としたまま席を立って下車。

その後、知らずに私が座って、私が立ち上がった後に財布が落ちているのをみつけた隣の席の方が、私の遺失物と判断した形となった訳である。

 

財布はかなり重い。
小走りになりたい気持ちを抑えて、なるべくゆっくりと歩きながら公衆トイレの個室に入った。

中身をみると、万札がビッシリと詰まっている。
数えるとなんと46万円入っている。

 

頭に浮かぶのは、『東京残留』、『敗者復活』の文字。

さあ、どうしよう。

トイレで拾った財布を確認する

 

財布には免許証も入っており、写真を見るとガラの悪そうな顔をした若い男性。

こんな顔をした人は悪いことをして稼いだ金に違いない。

私が使ってあげてこそ価値のある金だ。

これだけあれば、東京で生活を立て直せる。

放送作家への道も絶たれずに済む。

 

あわよくば引っ越しが出来るかもしれない。

何かのお告げだと思うことにする。

武士の情けとして、財布とかカードやらなんやらは届け出て、現金は初めから入ってなかったと言ってしまえばいい。

そうしよう!

 

と、思ったのだが、財布の中に定期券が入っているのを発見。

この人、現金も一切もってなくて、定期券もなしでは駅からも出られてないんだろうな。

必死で構内を駆けずり回ったり、関係各所に問い合わせたりしているんだろうな。

と思ったら、なんだか可哀想になってしまった。

落語の〝芝浜〟の大家さんの言葉を思い出して

「こんな金、一銭でも使ったら命を取られることにもなりかねない」

と思って、泣く泣く、しぶしぶ、

 

「俺は、届け出るぞー!」

「バカみたいだが、届け出るぞー!」

 

と、嫌なのに、行きたくないのに、無理に、迷いに迷いながら構内の駅員室へ入っていった。

 

 

駅員室で

 

 

「あのう、財布を拾ったんですけど」

 

「そうですか、わざわざありがとうございます」

 

「いえ」

 

「中身はどれくらい入っているか見られましたか?」

 

「それが結構入ってるんですよ」

 

と財布を広げると担当の駅員さんも目を見開いておった。

 

そのあと、書類に自分の名前やらなにやらを書きこんで

 

「なんかあったらまた連絡します」

 

とのことで、再び電車に乗って帰宅した。

 

アパートで

 

荷物のほとんどないアパートで安い焼酎を飲み始めたタイミングで、携帯に駅員室から電話が入る。

 

「今、落とし主の方が来られまして」

「一言お礼を言いたいと言っておられます」

「代わりますんで」

 

と言って、落とし主が電話口に出る。

 

「いや、本当に助かりました!」

「これは会社のお金で大変なことになるところでした!」

「ありがとうございます!」

「会社のお金なんで謝礼は支払えませんが、本当にありがとうございます!」

 

と言っている。

 

「別に謝礼なんかはいりませんけどね」

「大金を、拾う側にもいろいろと思うところがあるんですよ」

「そんなに大切な金は、カバンに入れて抱えるように持っててください」

「だいたい会社の金を尻のポケットに入れとんじゃねーよ!」

 

と大金を取りそこなった悔しさと、届け出た驕りもあり、いつになく説教じみたことを言ってしまった。

 

私は

「いいことをしたんだから、青森でとてもいいことが起こるんだろうな」

と自分を言い聞かせながら、数日後、青森に旅立ったのである。

結果は、あまりいいことはなかったのだが。

【突然のリストラ危機】 その時、私の右往左往【一挙読み】

突然の業務縮小

 

2009年頃の話。

当時の東京の勤務先が業務縮小することとなり、一か月後までにそれまでとは別業務となるが、会社に居残るか退職するかの二択を迫られた。

回答は一旦保留とし、

「10年以上務めたし、良い機会と考えて転職をしよう」

と考えて友人・知人にいろいろ相談して回ったところ、小さいながらも自分でデザイン事務所を経営している友人が会社経営も大変な中、

 

「本当にやる気ありますか?」

「ある」

「そうですか、でもうちも厳しんですけど・・・」

「・・・月15万円でいいなら」

 

との返事。

非常にうれしいながらも

 

『15万円では生活苦しいなあ』

 

の思いはあったが、デザインの勉強を頑張って、昇給、ゆくゆくは独立!
などとお得意の取らぬ狸の皮算用をし、

会社には

 

「辞めます」

 

と伝えた。

 

捨てる神あれば…

 

勤務先は、業務縮小の関係で残りの期間を新潟にある営業所で二週間ほど働く必要があるとのことで、数日後に新潟行きを控えたある日、何人か大勢で集まる機会があり、これまでの経緯を面白おかしく語っていたところ、その時、全くの初対面の年長者のかたから

 

「だったらうちの会社に来ないか?」

「君みたいにぶっ飛んだ人材がうちには今いなくてね」

 

という。

 

何の会社か聞くと、軍事的な備品やらなにやらを海外から買い付けて、関係当局へ卸す商社だという。

 

「俺、高卒ですけど?」

「というか工業高校卒業ですけど?」

 

と言うと

 

「そんなのは関係ないんだよ」

「もちろん、英語はしっかり学んでもらうよ」

「でも、君みたいなぶっ飛んだ人材が我が社には必要なんだよ」

 

初対面で人のことをぶっ飛んでいるぶっ飛んでいると言われることに多少違和感はあったものの

 

「こういうお堅い商売の人には俺のようないい加減に生きてきた人が珍しいのかもな」

 

と思い、聞けば給料もタップリ!

その上、地元の軍事施設に月1回は通わねばならぬが、むしろ私にとっては会社の金でちょくちょく帰省ができるとあって一石二鳥。

 

「では、新潟出張から帰ってきたら、改めて連絡をください」

 

とのことで名刺をもらって別れた。

 

デザイン事務所は?

 

別れた直後の先述のデザイン事務所の友人に電話

 

「あのさあ!」

 

「やっぱりこの間の話いいわ!」

 

「なしで!!」

 

と我ながら人でなし。

もうその日から浮かれる浮かれる。

 

 

新潟到着

 

新潟では

 

「東京が縮小されてこの後、どーするんですか?」

 

と聞かれるたびに

 

「まあ、私の場合、商社に決まったからねえ」

「商社マンなんで、商社のマンなんで」

「がはは」

 

とよくわからないことを言っていたのである。

新潟では毎晩酒盛り

 

東京で働く後輩たちも一緒に新潟に来ていて、一緒のウィークリーマンションで生活しており、毎晩、誰かの部屋に集まっては酒盛り。

 

「岡村さん、俺たちは残ることにしたんですけど」

「岡村さん、うらやましっす!」

 

というので、思い切り二枚目の顔を作って

 

「まあ、私の場合、商社に決まったからねえ」

 

「商社マンなんで、商社のマンなんで」

 

「がはは」

 

と答える。

 

「俺たちにも紹介してくださいよ!」

 

 

と羨望の眼差しであるため

 

「まあ、私もこれからだが、絶対にのしあがるから」

 

「その時には君たちを呼び寄せるよ!」

 

「でも英語は勉強しなかればならんぞ!」

 

「何しろ買い付けにもいかなくちゃだからなあ!」

 

「がはは」

 

と毎晩おんなじ話で飲んだくれておったのである。

 

帰京

 

新潟出張が終わり、東京へ帰ると、会社残留組の後輩兼、上司のM君が

 

「岡村さん、新業務、一緒にやりましょうよ!」

 

「辞めないでくださいよ!」

 

と言う。

 

この言葉は、当時の私を一番喜ばせた。

なぜかと言うと

 

「まあ、私の場合、商社に決まったからねえ」

 

「商社マンなんで、商社のマンなんで」

 

「がはは」

 

と答えられるからである。

 

なので、もちろんこの時も、一連のがはは笑いをしておった。

 

 

待ち合わせの喫茶店

 

さて、東京にも戻ってきたし、改めて商社の人に電話をして喫茶店で待ち合わせし、落ち合った。

 

「改めて上司に掛け合ったところ」

「今いる人材でがんばることになった」

「すまん」

 

すまんで済んだら警察いらねーんだよ!

 

と思いながらも、ごたごた言ってもどうにかなる話でもなさそうだし、ケンカして入社して、いい仕事になるとは思えないし、黙って引き下がってやろうと思って店を出た。

 

泣くに泣けないとはこのことを言うんだな。

と思いながら、店を出て数歩のところで会社に電話。

 

「M君はいますか?」

「今、代わります」

「もしもしMです」

「あ、M~?やっぱり新業務一緒にやるわー!」

 

ということで、会社に残留を決めたのである。

 

この後2年間、新業務を行ったのだが、これが未だに語り草の、楽しくて、得難き仲間を得られることになるのだから人間なにが幸いするかわからんもんである。

だからどんな時でも希望を捨ててはならないのである。

 

 

【いけないナイトプール】夜のプールに忍び込んではいけない理由【一挙読み】

ハロルド作石先生作品の影響

 

漫画家のハロルド作石先生とは全く面識はないが、同郷で、中学校の6年先輩であることもあって、勝手に親近感をもち、もちろん作品がとてつもなく面白いのが前提だがデビュー作の『ゴリラーマン』から全作読んでいる。

 

彼の、映画化もされた『BECK』というバンドを描いた作品の連載が開始されたころ、この作品の中に夜、学校のプールに忍び込んで憧れの女性と泳ぐ美しいシーンがある。

そんな経験は自分にはないのだが、周りの友人に聞いてみるとみんな嘘か本当かしらないが、夜の学校のプールに忍び込んで泳ぐことは一回ぐらいは経験があるという。

私がアホであることをこのブログを読んでいる人は全員しっていると思うが

(知っています)

アホ故、何事にも影響を受けやすく、

 

「俺は工業高校で、学生生活にはそんな思い出はなかった!」

 

「俺も夜のプールで泳ぎたい!」

 

「青春を取り戻す!!」

 

と、思っていたところ、夜に散歩をしていたら、ちょうど季節が夏であり、当時住んでいた都内某市の屋外市民プールがあったので絶対にやってはならないことなのだが、くれぐれも、絶対にやってはならぬことなのだが、衝動的に忍び込むことにした。

(アホ)

 

一応、誰か見ていないか周りを見渡す。

人はいなかったが、プールを取り囲むフェンスに

 

〝このプールは24時間機械監視されています〟

 

とプラスチック製の注意書き看板が掲げられている。

 

プールに忍び込んではいけません!

 

改めて辺りを見渡すが、機械で監視しているようにはとても見えない。

 

「機械監視?」

 

「面白い」

 

「ロボコップ呼んで来い!」

 

などと訳のわからんことを思い決心を固めたが、フェンスの上には案の定、鉄条網が張り巡らされている。

 

 

フェンスを掴んで一歩一歩登っていきながら

 

「ノーロープ」

 

「有刺鉄線」

 

「電流爆破」

 

「デスマッチ」

 

などと恥ずかしながら大仁田厚直撃世代として、口にしつつ頂上へ到達。

多少の鉄条網での傷には目をつむり、フェンス頂上からプールサイドへ

 

「飛翔天女!」

 

などと言って、飛び下り、足を負傷しながらも着地したのであった。

深夜のプール

 

さて、いよいよ念願の深夜のプールである。

衝動的に潜り込んだため、もちろん水着などは持ってきていない。

衣服を脱いでプールサイド置く。

全裸になるとプールへと静かに入った。

とりあえず平泳ぎで15メートル程度、軽くクロールを2~3掻き、ちょっと潜水、けのび、などをしたらもうする事がない。

 

プールに入って5分も経っていない。

 

「せっかく手足を負傷してまで忍び込んだんだから」

「もうちょっと居ようかな」

 

とただ水に体を浮かせて黒柳徹子さんお得意のポーズをこのブログを読んでいる人は当たりまえにしっていると思うが
(知りません)
それをしていたら、遠くで何か光ったような気がした。

 

「すわっ!」

「ロボコップ!?」

 

と思って体を水中に沈め、鼻の穴から上だけを水面に出して音を立てぬようにプールの隅にゆっくりと移動。

水面に懐中電灯の光があっちへ行ったり、こっちへ行ったりしている。

 

「はやくどっか行けロボコップー!」

 

と思っていたら目の前がパッと明るくなり、
もろに懐中電灯で顔を照らされた形となった。

今思うと、向こうの人も怖かったに違いない。

 

「もはやこれまで!」

 

 

やってきたのはロボコップ?

 

とザバァと音を立ててプールサイドに上がると、懐中電灯を持っていたのはロボコップではなくセキュリティ会社のおじさんだった。

 

〝いやあ、どーもどーも〟

 

という感じでフリチンで頭を下げながら

 

〝まだまだ残暑が厳しいですな〟

 

といった風情で脱いだ衣服を持ち、

 

「もう出ますから」

 

と言い、とりあえず衣服をフェンスの向こうに投げようと思ったら、

 

ウーーーーーーーーーーーーーーーッ

        ウウーーーーーー!

ウーーーーーーーーーーーーーーーッ

        ウウーーーーーー!

 

とサイレンの音がして、パトランプパッカパカでパトカー登場。

 

〝これはこれは〟

〝ポリスのみなさんこんばんは〟

 

と、ひとまず心の中で挨拶をしたのである。

連行

 

静寂の世界から急に騒がしくなったこともあり、心臓もバクバクで、当ブログの読者は全員ご存知の教育テレビのばくさんのかばんの、ばくさんの登場シーン状態。

 

 

「バークバクバクバク~!」

 

(知りません)

 

パトカーから二名のポリスの方が降りてきた。

セキュリティ会社のおじさんがプールのカギを開け、ポリスの方から出てくるように指示される。

 

「手を挙げろ!」

「抵抗すると撃つぞ!」

 

などと言われるはずもなく

 

〝やれやれ〟

 

と言った感じで

 

「署まで同行願おう」

 

とのことでパトカーの後部座席に乗り込もうとすると

 

「ちょっと待って」

 

と言われて、ポリスの方が濡れている私の体で車が水浸しにならぬよう後部座席にビニールシートを敷いた。

私はその上に座り、ドアが閉まり、署に向けて連行されていったのであった。

 

 

事情聴取

 

署につくと、階段で二階へ上り、ドラマでみるよりは小綺麗な感じの取調室らしき部屋へ通された。

 

「では調書をとるから」

 

「はい」

 

「なんでプールに忍び込もうと思ったの?」

 

〝漫画を読んで〟

 

などと答えられるはずもなく、

 

「・・・暑かったので」

 

と答えると

 

「それだけか?」

 

と言うので

 

〝工業高校出身なもんで〟

〝青春を取り戻したかったもんで〟

 

などと答えられるはずもなく、

 

「・・・ダイエットしようと思って」

 

と答えると

 

「家で水風呂入って近所走れ!」

 

と当たり前のことを当たり前に叱られてしまった。

 

「最近は変な人間も多くて」

「プールに糞尿などを撒いたりする者もいる」

「お前はそんなことしてないな!?」

「してません」

「今、市長に連絡して起訴するかどうか確認するから」

 

と言って数十分待たされた。

 

待たされている間にポリスの方々も、ある程度私がそこまでのワルではないとわかると世間話をしてくれたりするようになった。

 

部屋に据え付けられている電話が鳴って、主に話し相手になってくれているポリスの方がソレに出る。

 

「市長は起訴しないそうだ」

 

という。

 

〝こんな夜更けまで市長も大変ですね〟

 

などと言えるはずもなく

 

「ありがとうございます」

 

と答えた。

 

 

 

調書完成

 

さらに数分後、さきほど聞かれた内容が活字になった調書がが机の上に置かれた。

その紙には

 

「私、岡村〇〇は、平成〇〇年、〇月〇日、〇時〇分頃」

 

「暑かったのと、ダイエットのため、深夜に市営のプールに忍び込み連行されました」

 

「深く反省しており」

 

「今後は、二度と繰り返しません」

 

などと書かれており、調書に〝暑かったのと〟などと言った通りに書かれていることがおかしかったが、それに署名するよう促され署名をし、釈放されたのであった。

ここ数年、ナイトプールが流行っているが、このような真似は決してしてはいけないのである。

 

【週記】MEC食ダイエット日記~危険か安全か自分で人体実験!~第11週(7/14~7/20)

先週までの振り返り

ダイエットスタート時、82キロ。

ゴール59キロ。

先週の最小値が過去最小値の=73.45キロ。

勢いにのって72キロ台にいくか?

そうすれば、ダイエット開始から三か月未満で10キロ減となり、高額ジムなみのインパクトとなるのだが。

梅沢富男に負けてられないんですけどー!ってことで見ていきましょう。

7/14(土) 仕事 8:30~21:00

終日仕事なんでジム行かず。

朝:ファミチキ。

間食:フランクフルト。

昼:ファミマの茶碗蒸し、サラダチキンのスモーク味、とりつくね串。

仕事で音声コントのようなものの台本を9本書く。

夜:ブラックニッカ220mlと焼酎少々をそれぞれ炭酸水で割って飲む。

ツマミは、ケンタッキー2Pとサイドメニューのコールスローサラダ1個と、昨日の残りの栃尾の油揚げニ片。

7/15(日) 仕事:8:30~18:00

朝:夕べの残りのケンタッキー2Pと、コールスローサラダ1。

昼:ファミチキとフランクフルト。

仕事でネタの台本を書くことになり、それを17本書いたので疲れて、ジム行かず!

夜:ブラックニッカ220mlと焼酎少々をそれぞれ炭酸水で割って飲む。

ツマミはスーパーで売ってた手作りハンバーグを2個と、レタス半玉、落花生少々。

7/16(月) 仕事:12:00~21:00

朝:落花生二掴み。

仕事前にジムにてサウナ。
サウナ後体重、75.5キロ。 先週の73キロ台は幻だったのか。

昼:ゆで卵2個、フランクフルト、ファミチキ。

台本を書いたものをみんなで録音。

みんなテンションを上げて演じてくれたので想像以上の出来となり嬉しい。

聴いた人も笑っていたので、作り手だけの満足ではなさそうで更に嬉しい。

夜:ブラックニッカ220mlと焼酎少々をそれぞれ炭酸水で割って飲む。

豚焼肉用と書かれた肉を250gを焼いた物をサニーレタスにくるんでよく噛んで食べる。

7/17(火) 仕事:12:00~22:00

朝:なし。

ジムにてサウナ。
サウナ後体重75.0キロ。

やれやれ。

間食:サラダチキンのスモーク味。

昼:ゆで卵一個、とりつくね串、ファミチキ。

夜:焼酎買い忘れにて品切れ。ブラックニッカ300mlを炭酸水で割って飲む。

ツマミは懐かしのラーメン二郎の味だけ欲しいので、どん二郎を作って麺とスープは少量しか食べず。

これ、ぜんぜん酒のツマミになりませんので真似しないように。

7/18(水) 仕事:休み。 本日から三連休。

朝:なし。

ブログを4本、と言っても過去の分割記事をまとめるというまことに汚い手段で逃げる。
三連休をきちんと休むため。

毎日読んでくれている方にはスマヌ。

ジムにて筋トレ、及びサウナ。

サウナ後体重、74.7キロ。
よしよし。

いつもの本屋探索。

昼:ファミチキと、セブンの唐揚げ棒(って名前だっけ?)。

その後、図書館といういつものルート。

夜:三連休初日ということもあり、近所で評判の居酒屋、大佐渡たむらへ行きひとり居酒屋。

カウンター席の端っこで、大相撲中継を観ながら晩酌セットという3品と飲み物二杯で1,520円という物で飲む。

マカロニサラダと、身欠きにしんの焼き物と、刺身少々(ホタテ2コとブリかなんか:刺身に詳しくないのでわからん)。

飲み物は迷った挙句、糖質の塊である冷酒(銘柄不明)を2合。

ぜんぜん足りず、その後、冷酒を4合追加。

ツマミも納豆の天ぷら(450円ぐらい)、ぶりかま(670円ぐらい)を追加注文。

カウンターで隣に座った常連らしいおばちゃんが、おにぎりと味噌汁のセットを締めで頼んで食べているのを見て我慢が効かなくなり、

「もうどうにでもなりやがれ」

と、おにぎり二個(梅と鮭)、味噌汁二杯(エビのガラが入ったヤツでむちゃくちゃ美味い)を飲んでしまう。

※これが最強味噌汁。

ああああ、なんということを。

結局お値段3,980円。

その後、自室に戻るもおにぎりが効いたのか酔いがさめてしまい、部屋でいつものようにブラックニッカ220mlを炭酸水で割って飲む。

その時のツマミは無し。

 

7/19(木) 仕事:休み(三連休中日)

木曜ジムも休み。

朝:ファミチキ、とりつくね串、アイスコーヒー。

朝10時から近所の映画館でやっている〝午前10時の映画祭〟という名画をデジタル化して流してるのがあるでしょ?

あれを初めて観に行く。

演目は、〝椿三十郎~4Kデジタルリマスター版~〟。

黒澤映画はDVDとかで観ると真っ暗でよくわからん場合もあるが、クリアに観れたし、面白いし、若き日の田中邦衛は観れるしで大満足。

本日が最終日で明日からは〝雨に唄えば〟らしい。

好きな映画だし、三連休最終日もやることが無いので、観に行くことにする。

昼:暑かったためか食べるのを忘れていた。

夜:ブラックニッカ220mlと焼酎少々をそれぞれ炭酸水で割って飲む。

ツマミはアスパラベーコン(アスパラをベーコンで巻いたりはせず、ただ切ってフライパンで熱しただけのものにコショウをかけたもの)と、スーパーの手作りハンバーグ1個と目玉焼き2個。

7/20(金) 仕事:休み(三連休最終日)

世の中の人は祝日とかで頻繁に三連休があるようだが、こんなに休みでなにしてるんだろう?

というぐらいにやることがない。

朝:ゆうべの残りのアスパラベーコンを少々と、ファミチキ。

10時から、近所の映画館に〝午前10時の映画祭〟の『雨に唄えば』観る。

誰が何と言おうが、私はこの映画が大好きだ!

だがしかし、二日連続で映画館行くと、映画館のあの何とも言えない、別世界に来た感じの心が豊かになる感じが薄れるので、ちょっとは間を開けたほうがいいかもしれない。

映画終わりでジムにて腹筋のみと、サウナ。

サウナ後、体重74.4キロ。

ホッ。

その後、いつもの本屋で立ち読みなど。

昼:セブンのフランクフルト。

「やっぱりなんかネタとか考えるのが好きだ」

と思い、夏休み突入で学生に混じって図書館でネタ出し。

隣で勉強してる学生も横でネタ書いてるとか思うまい。

自室に戻り、これを書いているのだが洗濯機が壊れたのか途中で

「ピッコ・ピッコ・ピッコ」

とエラー音を発して停まってしまう症状。

新潟にきて6年、リサイクルショップで買って頑張ってくれてたからなあ。

とりあえず復活を願い、コンセントを抜いて待つ。

夜:ブラックニッカ220mlと焼酎少々をそれぞれ炭酸水で割って飲む予定。

ツマミは、餃子の王将で麻婆豆腐と唐揚げを買って飲む予定。

今週のまとめ

ダイエットスタート時、82キロ。

先週の叩き出した最小値の=73.45キロを下回るどころか、キープすることは出来なかったが、平均値が74キロ台になっているのでよしとする。

ダイエットもブログのPV数も、一喜はしても一憂はしてはならないのである。

【工業高校生に彼女は出来るか!?】 工業高校番外地【一挙読み】

工校の合格発表

 

高校の合格発表の日、合否の確認のために校門に向かって歩いていると、私と入れ違いに、校門から小走りでニコニコで出てきた奴が、中三の二学期の期末試験の社会で

〝はにわ〟

とだけ書いてあとは白紙。

はにわを漢字で

〝埴輪〟

と書くことができれば正解となり2点を獲得できたのだが、平仮名で書いたために、〇がもらえず△。

結果点数が1点だったと学年中の話題をさらった男だったので、貼り出しの紙を見るまでもなく自分も合格したことを知ることとなった。

嬉しいどころか、結果的には、はにわ野郎でも受かるこの学校に合格させるために、この私を中二から進学塾にまで通わせたてくれた親に対して申し訳ない思い。

 

工業高校の実態

さて、工業高校に入ると、学校側から嫌というほど思い知らされるのが

「俺たちは高校生ではない」

「工校生だ!」

ということである。

学校からの資料にはことごとく

「君たち工校生は…」

などと書かれており、高校生の文字はない。(気がする)

また、この学校は隔離されたように、畑の真ん中にポツンと建っており、他校の生徒はおろか、街の人とも交流がない。

且つ、自転車通学をしていたのだが、通学の際はヘルメット着用を義務付けられる。

今時のとんがったような通気の穴がある流線形のカッコいいヘルメットではない。

白い、あの、いわゆる、あれである。

これだ。

 

 

県内ひろしといえども、高校生でヘルメット着用が義務付けられているのはうちの学校だけである。

 

ヘルメット着用の理由

よく田舎の小学生が真っ白いヘルメットを被っているのをみると微笑ましく思えたりするが、図体のでかい頭の悪い工業高校生が白いヘルメットを着用している姿は全くのバカでしかなく、今考えると学校側が

「こいつらバカすぎるから街に放置すると何しでかすかわからんぞ」

「バカであることを街の人に知らせないでばいかんぞ」

「ダサい白いヘルメットでも被せとけば、みなも注意するだろう」

 

などと言ういきさつでヘルメット着用を義務付けられていたのかもしれない。

むろん我々も、

「俺たちだって工校生の前に、高校生なんだ!」

「普通の青春が欲しい!」

と、恥さらしの憎むべきヘルメットなど被るわけがなく、学校を出た途端にヘルメットを脱ぎ、自転車カゴに放り込むのだが、たまに抜き打ちのチェックがあり、屈強な体育教師どもが街のあちこちに隠れ潜んでおり、ノーヘルが見つかるとハンドマイクで

「コラーーーーーッ!!」

と叫んで追いかけてくる。

立ちこぎで逃げるが、さすが若手の体育教師だけあってやたらと足が速く、だいたい捕まることになる。

捕まると、首根っこを捕まれ、その場に正座。

次に捕まるヤツが現れるまで帰してもらえないのである。

 

なんちゅう学校だ。

工業の授業

工業高校の科目は、一般的な五教科のほかは体育、書道、その他は普通科に通う者には聞きなれない

「工業基礎」「機会設計」「製図」「工業技術基礎(実習)」

等というものばかり。

中でも

「工業技術基礎(実習)」

というのが大半。

これは何をするかというと、作業服に着替えてネジを作ったりハンダ付けをしたりの作業。

我々も我々でこの授業のことを「刑務作業」とよび、教室のことを「雑居房」、謹慎処分で個室に入れられることを「独房にいく」、卒業を「仮釈」と呼んでおり、口癖のように

「仮釈まであと何年だー?」

などと言いあっていたのである。

そのため、思い描いた高校生活とは真逆の世界であり、入学からわずか数日で心の底からモーイヤこんな生活状態。

 

普通科に行った元同級生

 

休日にたまに共学の普通科に行った中学の元同級生と話すと

「英語のリーダーはいいんだけどさ」

「グラマーが苦手でね」

 

などと言っており、こっちとしては何ソレ状態。

我が工校の英語の授業といえば

〝This is the Earth!〟

などと中学一年と全く同じ教科書で、且つ、意味も分からず皆で元気に大声で大合唱している有様である。

そのため、

 

「「英語のリーダーはいいんだけどさ、グラマーが苦手でね」

 

などと抜かす奴に対しては

 

「しゃらくせえ!」

 

と思い、

 

「なあにがリーダーだよ!」

「そんな話、聞いてられっか!」

「な?!」

「な?!」

と工校生は工校生同士で結束を固めていくのである。

 

待ち遠しいのは文化祭

そんな生活が始まったが、とにかく楽しみにしていたのが文化祭。

噂によると、他校の生徒(女子)などがやってきて、楽しく交流ができるらしい。

うちの学校にも学年に四人女子生徒がいたのだが、うちのクラスにはおらず

 

「噂では、この学校のどっかに女生徒がいるらしい」

 

というレベルである。

そこへ来ての、中学以来、久々の女子との交流、血気盛んな時期であり、楽しみにするなというほうが無理!

自称中学時代にモテたというやつらが過去の同級生たちに声をかけて回ってくれているらしい。

残った我々は来てくれる女子のために一生懸命準備して、迎えた文化祭当日、他校の二人の女生徒が我が雑居房(教室)に入ってきたが、

スーーーーーッと、

本当に

スーーーーーッと、

立ち止まることなく出て行ってしまったのだ。

俺たちの何がいけなかったのか?
普段、パンツで授業を受けている者も今日はズボンをはいているし。

と全く不可解。

我がクラスで出した出し物が、

〝竹細工展〟

であり、竹で作ったケン玉、竹トンボ、水鉄砲 などの陳列であり、ひなびたお土産屋さんじみてることが

「高校生らしい!」

「他校の女生徒が喜んでくれるに違いない!」

と集団催眠にかかるくらい工校生活は恐ろしいものなのである。

 

 

 

こうなったらバイトだ!

異性と交遊するには、こっちから攻めてくしかない!

バイトだバイト!!

とまず始めたのがコンサートの設営及び警備員。

担当したのが杏里のコンサートであり、しっとり聞かせるものなのでライブ中は楽なのだがライブ前後の愛知県体育館とかのでっかいホールにとてつもない大きさの鉄骨を組み、ステージを作ったり、撤収したりはかなりの肉体労働で当然ながら男しかいない。

「おら新人!」

「弁当もってこい!」

と、このバイトを紹介してくれた仲間がケツを蹴られているのを見て退職。

 

次にみつけたのは女性がいるに決まっている近所のコンビニ。
今でもたまにある、チェーンではないそこにしかない独自のコンビニ。
その店は、もう無いので書くがアイスクリームの「31」を模して「35」という名のトホホコンビニ。

期待とは別に女性はおばちゃんしかおらず。

且つ、オーナーがドケチで、私がタイムカードを切ったのを見てから残業の指示をだし、残業代は廃棄の菓子パンで払うという横暴さに辟易して退職。

 

続いて見つけたのが若手の女子がいるという噂の近所の靴下の箱詰め工場。

入ってみると、若手女性はまったくおらず。
いるのは当時日本にたくさん居たアフリカ系の不法入国者と思しき、アポロ、ムキビ、カヤンジャの三人の男性外国人。

 

彼らと交流を深め、彼らが梅ガムが好物であることを教えてくれたりして、なかなかに楽しかったがやはり女性との出会いがないので退職。

高校生でできるバイトは限られており、もうバイトに夢をみるのはやめた。

 

 

ラーメン屋にて

「俺たちの生活どーにかなんねーかなー?」

「工業高校で彼女が出来るなんて夢のまた夢だよねー?」

と相談したのは同じクラスの高校生にして週4日、18:00~22:00でチェーンのラーメン屋を任され、たったの一人で切り盛りしているTという男。

いつも、ほとんどお客はいないが、その日もおらず。

そのラーメン屋で相談したのである。

 

「好きなだけトッピングさせてやる」

 

というので、

 

「俺、一回、メンマを腹いっぱいたべたい」

 

といって、麺よりも多いメンマを入れたラーメンを作ってくれた。

そのラーメンを食べてたら、メンマの多さに気持ちが悪くなってしまったのをみて

「なんでも手に入れちゃうとつまらんよね」

「どうにかなんねえかなあと思ってるぐらいでいいんじゃない?」

と言った。

さすが、高校生ラーメン屋店長!

達観している。

一方私は、相変わらず、どうにかならんもんかを日々模索。

後日、麺より多いチャーシューをトッピングしたラーメンを所望し、やはり途中で気持ちが悪くなる相変わらずのアホぶりなのであった。

追伸:もちろん、高校三年間、彼女は出来ませんでした。

【バイクの盗難被害】購入直後にパクられた話【一挙読み】

春の上京

 

二十歳のころ、5月に上京したのだが、その前に地元の大きな製紙工場で三交代勤務で1年半働いて、定期預金を組んで毎月貯金したのと ボーナスやらなんやかんやで100万円が貯まっていたので懐が温かく、毎日働きもせず一緒に上京してきた友人達と 毎日のようにバカ話ばかりして暮らしていたが、二か月もすると貯金も寂しくなってきたこともあり、流石に焦りだし、 たまたま近所でオープンすることになった宅配ピザ屋でバイトをすることにした。

 

バイト先にはこれまで憧れていた若手の女がわんさかおったが、若手の男もわんさかおり、中でも親元で暮らす大学生連中が自動車を持っており、女たちを連日デートに誘っておる。

「このままではいかん!」

「しかし車は買えん!」

なんとかせねばとバイクを買うかと、中型免許をとり、三年ローンで400CCの当時人気のスティードというアメリカンスタイルのバイクを購入した。  

納車の日は嬉しい

 

しばらくして納車の日。

バイク屋のおじさんが、運んできたトラックからバイクを下ろし我がアパートの駐輪スペースへ置いた。

もう、うれしくてうれしくて仕方がなく、何気なくおじさんに対して

「後輪のタイヤが太いんですね」

というと、おじさんは

「このスティードってやつはね、タイヤが太いんだよぉ」

と言った。

   

その日からは、バイクに乗ってバイト通い。

女の子を誘ってツーリングなどに出かけておった。

そんな、納車から二週間がたったある日、バイトが自分だけ早く終わり、他の仲間が夜遅くまでの勤務だったので、 自分は一旦家に帰り、また夜に合流する約束をして別れた。

アパートの前にバイクを停めて、夜まで一旦眠り、時間になったので準備をして駐輪スペースへいくとバイクがない。

「あら、バイト先にバイクを置いて、歩いて帰ってきたんだっけ?」

と思ってバイト先に確認の電話をしたが、俺はバイクで帰ったという。

 

突然のアクシデントには脳がフリーズする

 

頭の中が真っ白になるとはこのことをいうんだな というくらい頭の中が真っ白。

そこへ隣に住む大家さんの娘さんが

 

「あれ?やっぱりバイクとられたの?」

 

「さっき高校生みたいな二人組がバイク押していってたから変だと思ったのよ」

 

何をのんきなことをいってやがる!!!

そんな所を見たんなら早く俺に言わんかい!!!

と腹が立ったが、そんなこと言っても始まらないので先ずは慌ててバイク屋に電話した。  

バイク屋のおじさんに

 

バイク屋に電話をかけ、

「すいません、後付けなんですが、今から購入のときに断った盗難保険に入るって訳にはいかないでしょうか?」

と言ってみたが、当たり前だができぬという。

 

「ただ、そういうのって近くの公園かなんかに隠しておいて、夜中にとりにくるってパターンが多いから」

「今から探してみな!!」

 

と言われ探しまわったが見つからない。

 

  「このスティードってやつはね、タイヤが太いんだよぉ」

  という納車の時のおじさんの声が頭の中でリフレインしている。

 

この頃、心無いやつから

  「今頃、海外で鉄クズになってるな」

  などと言われることが多々あったので、そいつらには徹底的に無視をし、最終的に縁を切った。

 

もうその日からは、連日連夜、暇さえあれば自転車で近所を探し回り

“盗んだバイクで走り出す”などと歌った歌手を呪ておった。

 

この頃はいつも

 

「このスティードってやつはね、タイヤが太いんだよぉ」

 

というおじさんの声が頭の中でリフレインしていた。

 

一か月ほどしたある日

 

いつものようにバイクを探しに出かけたが見つからず  

 

「今日も成果なしか・・・」

 

と思った23時ころ、大きな工事現場があり、そこを見てから本日の探索は終了にしようと、自転車でその工事現場へ入って行き、トタン板の上を通り過ぎようとすると

 

ドンガラガッシャーン!

 

と言う音と共に、突然天地が逆転。

目の前には夜空が広がっている。

 

どうやら大きな穴にトタン板が被せてあったところを、私が自転車で通過しようとして自転車ごと仰向けに落とし穴に落ちた形となっていたのである。

 

逆さまになった自転車の車輪がカラカラと音を立てて回っている。

起き上がる気力もなく、半泣きで春の終わりの澄み切った夜空を見上げたら、

 

「このスティードってやつはね、タイヤが太いんだよぉ」  

 

のおじさんの声が聞こえた。

 

(その後、バイクは見つからず、悔しさのあまり、三年間のローンを一度の延滞もなく完済したのである)

【40代のリアルな婚活】 泣き笑い合コン劇場【一挙読み】

2016年の年末の話

 

2016年の年末の話。

五歳下のなぜか私をアニキと呼ぶ職場の後輩が

「もうアニキもいい年なんだから、ここらで真剣に結婚を考えたらどうですか?」

「考えるもなにも相手もいないのに何を考えるの?」

「いや、俺も何のアテも無にこんなことを言いやしませんや~」

と急に下卑た口調で話してくれた内容によると、その後輩が数日前に行った中学の同窓会で、婚活中の女性と知り合いになり、私がいつまでも独り身でいることを思い出して、その女性とのコンパを設定してくれるという有難い話。

相手も二人組でくるらしい。

後輩は既婚者だが、どういう目的でコンパにくるのかは、私には今ちょっと思い出せない。

とうに結婚を諦めた私にとっては半ば今更感もあったが、自分から求めた縁ではなく、こうした他人から持ってこられた縁というのは

 

「何かの引き合わせかもしれない」

「神無月に出雲で神様連の会議で、いよいよ私の番が決まったのかもしれない」

 

と、後輩には

 

「まあ、会うだけ会ってみるよ」

「君の顔も立たんだろうし」

 

などと口ではいっても、鼻の穴は冠のジロちゃん状態。

 

「だったら善は急げってやつで!」

「相手はクリスマスまでに何とかと言ってますんで、早いとこ決めちゃいましょう!」

 

と、話はとんとん拍子に進み、数日後の金曜、夜9時に会は開かれることとなった。

 

悪い癖とは知りながら

 

まず、こういう時にしてしまう私の悪い癖なのだが、一人で勝手に計画が暴走すること。

この時も、あれこれ考えていると

 

「というかこんなアパートで暮らしているわけにもいかんな」

「二人で住める物件というのは一体いくらぐらいが相場なんだ?」

 

とあれこれ調べるうちにSUUMOだとかHOME’Sだとかという賃貸住宅情報のアプリをダウンロード。
良さそうな物件を見つけたので雨の中を自転車で遠征。

土地勘もなかったので見つけるのに苦労し、二時間半もの間、自転車で物件から職場まで自転車での所要時間を体感したり、バスの時刻表などを丹念に見て回るという、我ながら超ド級の採らぬ狸の皮算用をすることとなった。

 

 

 

明日は合コンの日

 

いよいよ開催が明日となったある日。
件の後輩が

 

「アニキ、店はどこですか?」

 

と来た。

 

「え??!」

「俺が店を予約するの?!」

「ちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょ」

 

と肝を冷やす。

今から翌日の年末の金曜日の夜9時に店がとれるのか?

いや、とることはとれるだろうが、どんな店でもいいわけではない。
ここは個室でなければならない。
また、ある程度、おしゃれ過ぎず、下品過ぎず、チェーン店ではなく、雑誌にも紹介されておらなければならず、ぐるなびの星も3.5以上でなければならず、駅近でなければならず、だが私は元々ここ新潟で、そんなに知っている店もなく、だがしかし、ここで店を抑えられねば会う前から

〝出来ぬ男〟

の烙印を押されてしまいかねない。

 

 

 

さて、どうするどうする???!!!!

と焦っていたところへ、後輩が

「アニキ、俺、できれば刺身が上手い店がいいっすねえ~」

と抜かす。

 

なあにをのんきに!

首の骨へしおったろか!

 

と思いつつも必死でホットペッパーを超高速でめくり、目ぼしいページをゴリゴリと折ったりしていったのであった。

突発的な居酒屋の予約

 

さっそく目ぼしい居酒屋に電話するが

 

「満席です」

「個室でなければ」

 

という返事。

中には

「年末の金曜の21時に、前日に個室の予約など、気でもおかしくなったのか?」

と言わんばかりの対応をするお店もあり、讃嘆たる思い。

しかし一店舗だけ、駅からは遠くなるものの、

 

「なんとか9時に前のお客の宴会が終わる予定」

「9時を過ぎて少ししてから構わないなら」

 

というお店があり、どーにかこーにか携帯電話に向かって土下座するように感謝して個室を確保してもらうことが出来た。

 

これで、出来ぬ男から一転、出来る男の烙印を押していただけると、胸をなでおろそうとしたが、

 

「いや、明日、店が見つからなくて迷ったりしては出来ぬ男の烙印を押される」

「下見だ!」

 

と、仕事終わりに一回、翌朝の出勤前に一回、合計二回の下見をしにいったのである。
我ながら涙ぐましい。

 

 

決戦の金曜日

 

さて、迎えた当日、いつものように働き、就業時間が近づいてくると、件の後輩がソワソワしだす。

 

「顔の脂をとるウェットシートありますか?」

 

とか

「整髪料持ってませんか?」

 

とやたら聞いてくる。

この日に備えて持ってきている自分も自分だが、それらを貸してやる。

 

また、何かにつけて、用事もないのに私のところにやってきて、

で、

 

「アニキ、今日は仕事の話はなしで!」

 

などと言ってくる。

そんな席で仕事の話なんかしない。

 

ちょっとするとまたやってきて

 

「アニキ、相手のことを気に入ったかどうかのサインを決めときましょう」

「会話の中に、なんとなく相手の点数を織り込んで話してください!」

そんな高等テクニックは持ち合わせていない。

しばらくすると、またまた思い出したようにやってきて

 

「アニキ、残念なお知らせがあります!」

「何?」

「アニキ、今日、ランニングシャツ着てますね?」

「ランニングっていうか、Yシャツの下はノースリーブの下着だけど」

「ブー!(不正解の音のつもりらしい)」

「女の子は、ランニングシャツはおじさんっぽくて嫌いなんですよ~」

 

ややムッとして

 

「じゃあ、ジャケット脱がないからいいだろ」

 

と言うと、ちょっとニヤけて

 

「じゃあ絶対、ジャケット脱がないでください!!」

 

ビシッ

 

という感じで、私の顔に向かって指をさす。

 

 

だんだんむかついてきたが、その後、コンビニでTシャツを買って着替えた自分にも忸怩たる思いがした。

ようやく居酒屋へ

 

仕事が終わり、二人して店へ向かい、時間よりも15分ほど早く店の前についた。

件の後輩は相変わらずウヒョついておる。

ウヒョつくどころか、ソワソワし出して

 

「アニキ!店入る前に、どっかで一杯ひっかけていきませんか?」

 

などと言い出した。

 

「一杯飲むって、今から一杯飲むんだよ?」

 

「いや、だからその前にビールだけ一杯!」

 

「まあ、別にいいけど、もう相手の人たちくるんじゃない?」

 

と言ったが、耳に入っていないらしく、一人でズンズン歩いていき、よくあるTVが点いている小さな居酒屋に入っていく。

ドカッと席に座ると

 

「生二つ!」

 

などと勝手に、且つ横柄に言い、出てきたおしぼりで顔をゴシゴシと拭く。

おしぼりを首に回して、うなじから耳の中まで、ゴッシゴシゴッシゴシと拭く。

この男にランニングシャツがどうこう言われたことが腹立たしい。

 

顔を拭き終えると、出てきたビールを一気に飲み、叩きつけるようにジョッキを置くと

 

「よしっ!」

 

と言い

 

「ゲフッ」

 

などと漏らしてレシートを掴んで立ち上がり、出ていこうとする。

 

私はまだ一口も口をつけていなかったので、慌ててビールを飲み、後輩を追いかけるようにしてレジへ行く。

で、きっちり割り勘。

 

チャカつき続ける人

 

「よく、一杯だけのもうなんていって誘われることあるけど、本当にこんなに一杯だけなんて、お店の人も驚いていたろうね」

 

と話しかけるが、こちらの話は全く耳に入っておらず、上の空で、ジャケットやズボンのポケットというポケットを叩いたり、かき回したりしながら

 

「えーと、タバコを買っとかなくちゃいかんな」

 

とつぶやき、タバコ屋を探してキョロキョロしている。

タバコ屋は彼のすぐ背後に有ったのでその旨を教えると

 

「ああああ」

 

などと言いながら

 

〝そんなことは言われなくても、そもそもわかってますよ〟

 

というような表情をし、自動ドアにぶつかりながらタバコ屋へ入っていき、タバコを買うと、転げ出るように、再び自動ドアにぶつかりながら出てきた。

 

で、タバコに火をつけて深く吸うと、待っていた私に対し、

 

「アニキなんか緊張してるみたいですね!」

 

「って、おめえだよ!!!」

 

と一喝して、ようやく待ち合わせの居酒屋に入っていったのである。

いよいよ合コン

 

思わぬ寄り道で、21:00ギリギリになったが、幸い相手側はまだ来ておらず、時間に遅れることなく店に入ることができた。

 

フスマを開けて用意されていた個室に入ると、件の後輩(もうヤツと書きますね)が、奥に入っていき壁に背を付けてドカッと座る。

 

「こういう時、俺たちがフスマを背にして座っておくべきじゃないの?」

 

と言うと

 

「ああ、そうか、最近、会社の飲み会では役職の関係で上座に座らせられることが多かったからなあ」

といい、フスマを背にして座りなおす。

いかんいかん

えっへん

とでも言いだしそうな、言い草である。

 

(バカが!)

 

と思いながらオッサン二人で横並びになっていると、ヤツが斜め上をみたままの形で、ポケットから何かを掴み、私の方に向かってテーブルの上をスライドさせるように

 

「あちらのお客様からです」

 

の要領で、何かを投げつけてきた。

 

 

 

私の目の前にはカクテルではなく、GODIVAのクッキーの小袋が5つ。

これは数日前、職場に札幌の営業所の者がうちの職場に来た際に、手土産に持ってきたものである。

なんで、こいつがそれを今ここで私に投げつけてきたのか?

 

ヤツの真意がわからず、GODIVAのクッキーを見つめ、言葉もなく黙っていると、ヤツは斜め上を見ながら

 

「これ、札幌出張に行ったときの土産だと言って、女性陣に渡してください・・・」

 

という。

 

「は?」

 

 

 

よくわからなかったが、つまりは、

〝札幌に出張するほどの男ですって、まあウソですが、見せつけてやってください〟

〝高級サラリーマンの振りして女性の心を鷲掴みにしてください〟

 

などというつもりらしい。

 

「っていうか、なんでGODIVAなの?」

「花畑牧場とか白い恋人とかならわかるけど?」

 

といったが、ポカンとしている。

『GODIVAってなんだべ?』

という顔をしている。

更に

「GODIVAは新潟にもあるだろ」

「で、お土産なら普通、箱で渡すだろ」

「なんでお土産をバラでもってこなきゃならんの?」

「っていうか甘いもので女心は鷲掴みにできるものなのか?」

 

と詰問したが、さらにポカンとしている。

 

『札幌に出張に行く男って、女心を掴めるべ』

 

とでも言いたそうである。

 

(バカが!)

 

と思う。

 

 

いよいよ女性陣がやってきた

 

狐につままれた表情とは、今のこいつの表情のことなんだなと思いながらあきれているところへ女性陣がやってきた。

 

が、相手も私をみる表情からして今回の話はなかったことにしようというのがありありとうかがえる。

こうなれば、今回はこの会を無難に楽しい思い出で終わらせよう。
なるべく私は〝粋〟に済まそう。
会計は、女性陣が気が付かぬうちに済ましておいて、スマートな感じで解散なり二次会に行こうと決めた。

 

女性陣がさっそくメニューを見た直後、見て、何にしようかほんの2秒ほど考えたところで、ヤツが

 

「あ!」

 

「言~っときますけど~!」

 

と節をつけて言い放ち、

 

「今回の支払いは我々男性陣で持ちますから!」

「遠慮せずにドンドン!」

 

と抜かす。

 

今、メニューみたばかりだし、別に遠慮してねーし、高い店でもねーし、無粋極まりないわー

と赤面する思い。

 

で、会話はヤツが主体となり、主に仕事の話を、自分たちが務める会社がいかに大きくて、将来的に安定しているかを、ウソ、大げさ、紛らわしい の広告だったらJAROに相談するレベルの脚色で話して聞かせ、話のまとめでは必ず

 

「ねえ?岡村さん」

 

と私を共犯にしていたが、酔いが回ってからは

 

「そうですよね?アニキ」

 

と柄の悪いところが噴出。

もうこいつとの合コンはコリゴリだと思いながら会は進行。

会計の段になるとベロベロになって、呂律の回らない口調で

 

「アニキ、すいません、金かしてください!」

「給料日には返しますんで!」

 

と言う。

 

何が、ここは男性陣が持ちますだこの野郎、金も持って来てねえんか!

 

と思う。

で、二次会に行って解散した。

その後も、アニキ、アニキと口ばかりのヤツのこの後の行動はどんどんエスカレートしていったのだが、具体的な行動は、本人も記憶がないと言っている上、著しく本人の社会的地位も剥奪しかねないため、割愛します。

 

 

数日後

 

後日、久々に職場で彼と顔を合わせた際、

 

「アニキ、合コンの金の件ですが、後日ちゃんと清算しますんで!」

 

と言ってきたので

 

「金の清算はもういいから」

「お前との関係を清算したいわ」

 

といったのは、あながち冗談ではなかったのだが、今現在も彼はそれがわかっていない模様である。

 

 

【赤ちゃんになつかれない人のお悩み解消!】男の私が確実に赤ちゃんに気に入られてきた接し方

赤ちゃんに気に入られる方法

私は赤ちゃんが好きである。

自慢じゃないが私は赤ん坊からも絶大な人気がある。

すなわち私と赤ちゃんは相思相愛である。

どんな赤ん坊でも私をみて泣き出すようなことはなく、むしろ泣き止んだり笑ったり、私を凝視するのである。

ウソだと思うなら、私の前に赤ん坊を連れてくるとかの検証してもらえばわかるのだが、今ここで証明できないことが悔しい。

私の職場には産休中の母親の方々がたまに赤ん坊を連れてやってくるのだが100%の確率で赤ん坊は私になつくのである。

そのため、当の母親たちから

「パパ含め、男の人は嫌がるのにあなたにはなついたのが不思議」

「なんであなたはそんなに赤ちゃんがなつくんですか?」

と尋ねられるのである。

そんな私が、赤ちゃんに気に入られない方のために、赤ちゃんに気に入られるための方法をお教えします。

安心してください

などと書いておいて

「結局人間性ですよ」

「赤ちゃんには人の優しさがわかるんですよ」

「私は良い人間なんですよ」

なんてオチではなく、きちんと誰でもが好かれる秘訣を書くので最後までお読み下さい。

悪い見本『逆に赤ちゃんに気に入られない人』

まず、赤ちゃんに気に入られない人は、ある過ちを犯している。

それは、赤ちゃんを〝赤ちゃん赤ちゃん扱い〟しているということである。

「赤ちゃんを〝赤ちゃん赤ちゃん扱い〟して何が悪い!」

と、

「裸になって何が悪い!」

と言って居直った元スマップの草彅剛のようなことをほざく人に言いたいのは、

「それがダメなんですよ」

と言うことである。

まず赤ちゃんだって赤ちゃんの前にきちんとした一人の人間であることを忘れてはいけないのである。

赤ちゃんを〝赤ちゃん赤ちゃん扱い〟しないとは?

これはどういうことかと言うと

『猫なで声を出さない』

『必要以上にいじらない』

ということである。

よく赤ちゃんと会うと不自然に素っ頓狂なカン高い声をだしてオバサンが

「あら~赤ちゃぁぁぁぁぁん♡」

「バァバァ」

「ほら、プニプニしちゃって可愛いわねえ~」

「こちょこちょこちょ~」

などとババアがマヌケヅラして赤ん坊をいじり倒した結果、赤ん坊は不機嫌極まりない表情になっているにも関わらず

「まあ、可愛らしいわねえ」

「アバアバアバ」

「可愛くてお母さん似だわねえ♡」

「お利口そうねえぇぇぇ」

と、この辺りは赤ちゃんにではなく、母親に対するお世辞をたっぷりと聞かせ、母親が笑顔になってところで

『しめしめ』

『笑っとる笑っとる』

と思い、立て続けに

「まあ、ほ~んと可愛いわねえ」

「赤ちゃぁぁぁぁぁん♡」

といい口をOの字に開きツバであぶくをつくり

「パッ・・パッ・・」

と、あぶくが割れてはまた作り、割れてはまた作りを繰り返すが、赤ん坊からしたら

『なにを気持ちの悪いことをしやがるんだ』

『シブきがかかるだろうがコンチクショー』

と思っているところへオバサンは

「ちょっと抱っこさせてぇぇぇぇ」

といい、抱っこしようとした途端に赤ん坊はギャン泣き。

オバサンは

『抱っこしようとした瞬間泣くなんて』

『感じの悪いガキめ』

と思い

「あらあら、やっぱりママがいいのね」

と当たり前のことをのたまいつつも、内心はハラワタが煮えくり返っているのである。

(煮えくり返ってません)

これでは赤ちゃんに好かれるわけがない。

赤ちゃんに気に入られる私の具体的な接し方

では、私の場合はどう接しているか。

職場に赤ちゃんが母親に連れられてやってくる。
この際、先述のオバサンのように猫なで声など決して出さない。

また、赤ちゃんがいる、とは思うが、ただ思うだけであって、ただ人がいると思うのと同様、赤ちゃんだからといって特別にこっちから近づいていったりもしない。

赤ちゃんからすると、大人というものは素っ頓狂な猫なで声で接してくると決めつけており、また他の大人たちがワイワイ集まり、『アバアバ』だの『可愛い』だのヤイヤイヤイヤイの大合唱で押し寄せてきている中、

『おや?』

『こいつ寄ってこないぞ』

と珍しい人間に会ったという気持ちで不思議に思うのか、私をじっと見つめてくる。

で私は目が合うと大人同士でするのと同様

「オッス」

などと挨拶をする。

そうすると赤ん坊は私の方に来たがる素振りをするので母親が赤ちゃんを抱いて私に近づいてくる。

ここでも決して

「あらぁぁぁ赤ちゃぁぁぁぁん♡」

などとか決して言わず(言いたくも無いが)

「おお、〇〇君と言うのか、よろしく」

と握ったままの手を持って握手のひとつもしてやると、赤ちゃんは、赤ちゃん赤ちゃんするのではなく、きちんとと人間扱いされたことを嬉しく思うようで以後は私にべったりとなるのである。

気持ちの悪い父親と、まとめ

赤ちゃんに好かれない人、今まで猫なで声で接してませんでした?

また家庭のパパも

「〇〇ちゃぁぁん、かわいいでちゅねえぇぇぇ♡♡」

などと言う話し方をする父親ほど娘に嫌われているにも関わらず、更に

「〇〇ちゃぁぁん、チュウしててぇぇぇ」

などと娘に無理やりキスしたりして、娘が超気持ち悪そうにしてるの見たことありませんか?

そんなもんは愚の骨頂!

赤ちゃんだって人間の一人!

私はこれで100%赤ちゃん、引いては幼児には気に入られているので赤ちゃんに好かれない人はぜひお試しくださーい!