もくじ
春の上京
二十歳のころ、5月に上京したのだが、その前に地元の大きな製紙工場で三交代勤務で1年半働いて、定期預金を組んで毎月貯金したのと ボーナスやらなんやかんやで100万円が貯まっていたので懐が温かく、毎日働きもせず一緒に上京してきた友人達と 毎日のようにバカ話ばかりして暮らしていたが、二か月もすると貯金も寂しくなってきたこともあり、流石に焦りだし、 たまたま近所でオープンすることになった宅配ピザ屋でバイトをすることにした。
バイト先にはこれまで憧れていた若手の女がわんさかおったが、若手の男もわんさかおり、中でも親元で暮らす大学生連中が自動車を持っており、女たちを連日デートに誘っておる。
「このままではいかん!」
「しかし車は買えん!」
なんとかせねばとバイクを買うかと、中型免許をとり、三年ローンで400CCの当時人気のスティードというアメリカンスタイルのバイクを購入した。
納車の日は嬉しい
しばらくして納車の日。
バイク屋のおじさんが、運んできたトラックからバイクを下ろし我がアパートの駐輪スペースへ置いた。
もう、うれしくてうれしくて仕方がなく、何気なくおじさんに対して
「後輪のタイヤが太いんですね」
というと、おじさんは
「このスティードってやつはね、タイヤが太いんだよぉ」
と言った。
その日からは、バイクに乗ってバイト通い。
女の子を誘ってツーリングなどに出かけておった。
そんな、納車から二週間がたったある日、バイトが自分だけ早く終わり、他の仲間が夜遅くまでの勤務だったので、 自分は一旦家に帰り、また夜に合流する約束をして別れた。
アパートの前にバイクを停めて、夜まで一旦眠り、時間になったので準備をして駐輪スペースへいくとバイクがない。
「あら、バイト先にバイクを置いて、歩いて帰ってきたんだっけ?」
と思ってバイト先に確認の電話をしたが、俺はバイクで帰ったという。
突然のアクシデントには脳がフリーズする
頭の中が真っ白になるとはこのことをいうんだな というくらい頭の中が真っ白。
そこへ隣に住む大家さんの娘さんが
「あれ?やっぱりバイクとられたの?」
「さっき高校生みたいな二人組がバイク押していってたから変だと思ったのよ」
何をのんきなことをいってやがる!!!
そんな所を見たんなら早く俺に言わんかい!!!
と腹が立ったが、そんなこと言っても始まらないので先ずは慌ててバイク屋に電話した。
バイク屋のおじさんに
バイク屋に電話をかけ、
「すいません、後付けなんですが、今から購入のときに断った盗難保険に入るって訳にはいかないでしょうか?」
と言ってみたが、当たり前だができぬという。
「ただ、そういうのって近くの公園かなんかに隠しておいて、夜中にとりにくるってパターンが多いから」
「今から探してみな!!」
と言われ探しまわったが見つからない。
「このスティードってやつはね、タイヤが太いんだよぉ」
という納車の時のおじさんの声が頭の中でリフレインしている。
この頃、心無いやつから
「今頃、海外で鉄クズになってるな」
などと言われることが多々あったので、そいつらには徹底的に無視をし、最終的に縁を切った。
もうその日からは、連日連夜、暇さえあれば自転車で近所を探し回り
“盗んだバイクで走り出す”などと歌った歌手を呪ておった。
この頃はいつも
「このスティードってやつはね、タイヤが太いんだよぉ」
というおじさんの声が頭の中でリフレインしていた。
一か月ほどしたある日
いつものようにバイクを探しに出かけたが見つからず
「今日も成果なしか・・・」
と思った23時ころ、大きな工事現場があり、そこを見てから本日の探索は終了にしようと、自転車でその工事現場へ入って行き、トタン板の上を通り過ぎようとすると
ドンガラガッシャーン!
と言う音と共に、突然天地が逆転。
目の前には夜空が広がっている。
どうやら大きな穴にトタン板が被せてあったところを、私が自転車で通過しようとして自転車ごと仰向けに落とし穴に落ちた形となっていたのである。
逆さまになった自転車の車輪がカラカラと音を立てて回っている。
起き上がる気力もなく、半泣きで春の終わりの澄み切った夜空を見上げたら、
「このスティードってやつはね、タイヤが太いんだよぉ」
のおじさんの声が聞こえた。
(その後、バイクは見つからず、悔しさのあまり、三年間のローンを一度の延滞もなく完済したのである)
つりばんど 岡村
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