【そんな彼ならすてちゃえば?】 彼氏、この許されざる者

彼氏、この忌まわしき者ども

 

この世の中で許せない者どもがいる。

それは〝彼氏〟である。

 

旦那は良い。

あくまで彼氏がダメである。

 

なぜ旦那はいいかと言うと、旦那ともなれば嫁のほうもそいつの現実をみることとなり、日に日には悪い所がめにつくようになり

 

「マクラが臭い」

 

などと言われ、疎んじられ相手の評価は堕ちていく一方だからである。

 

だがしかし、彼氏はそうではない。

彼女もいいところしかみようとせず、またいいところしかみせようとしない。

そんな彼女の恋心をカサに着て威張りたい放題のやりたい放題。

 

あるカップルの夕食風景

 

たわむれに彼女に飯などを作らせ、自分はテレビをつけながら、料理の出来上がりをスマホなどをいじりつつ待っていたりする。

 

数分後、机に料理が並ぶことになる。

彼氏は頭が悪いので、普段は先割れスプーンしか使えないくせに、見よう見まねで箸などを持つ。

なんとかかんとか箸で料理を突き刺すようにして食べる。

 

クッチャラクッチャラ

 

と音をド派手に鳴らして食べ

 

『ものを食べるときは、口は閉じないようにして、なるべく音を大きくさせたほうが美味しさを表現できるでしょ?』

 

『そんでもって口を閉じないのは、音をさせるめだけでなく、口の中でソシャクしている食べ物を相手に見せたほうが付き合いが深まるでしょ?』

 

などととんでもない腐れクチャラーのような、わけのわからんことを思っている。

 

スマホ飯

 

もちろんその間もスマホはいじりっぱなしである。

スマホのゲームをしているのである。

 

『俺の力で姫を助けねばならん!』

 

『妖精の力を借りなければいかん!』

 

などと、全くバカのようなことを思ってスマホゲームをやっておる。

 

『俺は勇者だ!彼女に飯もつくらせるのだ!』

 

とも思っている。

 

その時彼女は?

 

彼女も彼女で、悪い所が目に入らないもんだから

 

『この人の食べかた、ワイルドな食べ方で勇ましいわ』

 

と思い

 

「どう?」

 

と味の評価をたずねる。

 

たずねられた彼氏は食通のふりをして、

 

「なんかお酒が欲しくなるね」

 

などと、勝俣州和のようなことをのたまう。

 

彼女もいそいでビールを運んでくるが、彼氏はバカであり、酒といえばカルアミルクのことだと思っておるので

 

「これに牛乳入れるとお酒になるの?」

 

などと、

 

「なあにがお酒が欲しくなるだ!」

 

「てめえはマミーでも飲んでろ!」

 

と怒鳴ってやりたくなるようなことを抜かすのである。

 

(つづく)

【新潟シティマラソン2017に向けて】2016の回想④ 完結編

秋は赤いバスに乗って

 

 

選手収容のバスがゴールについたら閉会式もなんもかんも終わっており、高橋尚子選手は結局スタート地点で見かけただけであとは一切お目にかかれずじまいであった。

 

あとでテレビでみたら高橋尚子選手は

 

「市民ランナーの9割の人とハイタッチできたんじゃないですかね~」

 

と嬉しそうに語っていたので、私は1割のほうに入ったんだなと忸怩たる思いがした。

 

と、思わずブログを四回も使うほど長くなったが、つまり、私のフルマラソンデビューは、34キロ地点で時間切れという、はなはだ中途半端な結果に終わったのである。

 

完走できなかったものはどう考えるか?

 

さて、フルマラソンが完走できなかったものが考えるのは以下の二通りである。

 

ひとつは

 

「マラソンなんか二度と出るまい」

 

もうひとつは

 

「次こそは、完走!」

 

である。

 

後者の場合、必ず

 

「もっとちゃんと練習して」

 

「次回はもっと楽に走る」

 

というのが付け加わる。

 

私は後者である。

来年こそはきちんと練習する!と決意したのである。

 

ので、春にエントリーして、2017年10月9日(月・祝)に出ることになったのである。

 

リベンジするぞ!

 

では、去年からどのくらい練習したか?

 

まず、それから年内いっぱいは一切走らなかった。

年内どころか年が明けて4月の頭にハーフマラソンにでるために3月から走り始めた。

ハーフマラソンが終わると、その後はちんたらちんたら週に3日程度、30分走り、ラーメン二郎にハマったこともあり、休みのためにラーメン二郎の大盛を食べておったら、体重が7キロ増え去年74キロが今年81キロまで増加したのである。

俺が悪いんじゃない、ラーメン二郎が悪いのである。

 

やってきた新潟シティマラソン2017!

 

毎回、私はマラソンレースは勤務先の仲間と四人で出ている。

マラソンは、大会数日前に資料だとかが郵送で送られてくる。

 

仲間の一人で唯一去年5時間ギリギリで完走した者が

 

「岡村さん、ゼッケン届きました?」

 

「俺、今年、ゼッケンにDって書いてあったからスタート地点〝D〟ですよ」

 

という。

 

「そりゃ、去年ギリギリ完走じゃ、D地点だろーな」

 

「俺はまだ見てないけど、まあ俺もどーせD地点だろうから一緒に最後尾からスタートしようぜ」

 

と答えた。

 

念のため家に帰って改めてゼッケンをみる。

 

 

 

 

 

 

〝H〟と書いてある。

 

「いや、Hなんてスタート地点ないだろ」

 

「去年はDが最後尾だし」

 

 

「だいたいDからD・E・F・G・Hなんてそんなバカな」

 

と指を折って数えてみる。

 

改めて

 

「や、だからそんなバカな!」

 

と思う。

 

「今年はゼッケンのアルファベットとスタート位置は無関係なんだろう」

 

と思い、よくよく資料をみると、去年カラーだったスタート位置のページが白黒である。

 

えーと、Hの場所は・・・・っと

 

 

 

 

って、コラーッ!

トラックにも入りきってねーし!

なんだこのおまけ感!

どこまで人をコケにしたスタート地点なんだよ!

くっ、くそう。

 

今年は這ってでも完走してやるからな。

 

 

 

 

【新潟シティマラソン2017に向けて】2016の回想③ ポリバケツ編

30キロの壁

 

ギリギリで30キロの関門を抜けると、脚が棒のようになり、ずっとこむら返りのまま走っているかのような感覚になる。

って実際こむら返りしていたのかもしれない。

途中で大きなポリバケツに冷水が入れてあって、ヒシャクが突っ込んであるものを発見。

おじさんがそれを脚にかけてあげたりしている。

 

 

私は限界に近いので、そのポリバケツに靴を履いたまま脚ごと入らしてもらった。

 

『冷たくてなんて気持ちいいんだ』

 

『もうここから出たくない』

 

などと思う。

 

靴が水分を吸い、グショグショでズッシリと重たくなる。

 

レース前は、マラソンシューズについていろいろと調べ、最終的に

 

「やっぱりこっちの方が20グラム軽いからこっちだ!」

 

などと聞いた風なことを言っていた自分がバカに思える。

なんとかポリバケツから這い出して再び歩き始めると、次の34キロの関門が300メートルほど先に見えた。

 

「おーい!あと5分だぞー!」

 

などとマイクで叫んでいる。

300メートルを5分、普段なら楽勝なタイムだが今は高橋尚子選手級でないと無理なタイムに思える。

 

というか、高橋尚子さんどこに居るんだ?

 

『ハイタッチどころか、ぜんぜん会ってねーし』

 

と思う。

 

とにかく、ここまで来たら完走はしたい!

まずは、次の関門だ!300メートルダッシュ!

 

と思うが脚があがらない。

 

時間ばかりが過ぎる。

 

〝走れ、走れ〟と思いながらエッチラオッチラ走り、

 

「あと30メートルー!」

 

と沿道の人がいったところで、私の前を走る男性二人組がこちらを向いて両手で大きく×の字をつくる。

 

関門に白いロープがひかれ、〝タイムアウト〟を表す。

 

『そんなロープなくったって、突破できねーわー』

 

と思い、私はそのとき、

 

「ハッハッハッハ!」

 

と声を出して笑い、そのまま、映画プラトーンのような格好で、後ろに倒れたのである。

 

『終わった』

 

『終わってくれた』

 

と、仮に34キロ地点をクリアしても、ゴールまで実はあと8キロ以上もある距離をとても時間内にクリアできたとも思えず

 

『締め切ってくれてありがとう』

 

と心の底から思ったのである。

 

タイムアウトのあとは

 

タイムアウトになると、スタッフの誘導で道の脇に集められる。

10分ほどして、件の真っ赤な〝選手収容〟のバスがやってきた。

 

皆、バスの入り口で一枚づつ配られる自衛隊で使うような毛布を手にして乗り込んでいく。

 

〝護送〟

 

の文字が頭に浮かぶ。

 

ひたいを窓につけ、ただじっと外をみる。

 

バスの中では誰も口を聞こうとしない。

 

別に落ち込んでいる訳ではない。

 

精も根も疲れ果てて思考停止しているだけである。

 

(つづく)

【新潟シティマラソン2017に向けて】2016の回想② 給水編

フルマラソンビギナーが間違いがちなこと

 

新潟シティマラソン、2016年の天候は曇りのち豪雨、ときどき小雨、のち曇り という悪天候。

 

私をはじめマラソンビギナーは、給水ポイントをみると

 

「飲まねば損」

 

「飲んどかないと次いつ飲めるかわからん」

 

と、だいたい3~4キロごとに給水ポイントはあるにもかかわらず

 

〝給水に関する漠たる不安〟

 

が襲い、各給水ポイントで、ついついスポーツドリンクを飲み過ぎることになるのである。

 

 

マナー違反の人

 

雨に打たれて寒いせいもあり、猛烈な尿意を催すがコース途中にある簡易トイレはどこも行列。

 

そのため、コースを少し外れ、立小便をするメンズもチラホラ現れだす。

 

それを横目に我々市民ランナーは

 

「いくらなんでも社会人としてどうかしている」

 

「恥を知れ!」

 

「俺はああにはならんぞ!」

 

と大人としてのマナーの悪さに怒りつつも、羨ましさも交じりあった複雑な決意をするのである。

尿意の我慢の限界にきた辺りの18キロ地点で

 

「もう、タイムなんてどーでもいーわ!」

 

と思い、簡易トイレの行列に並ぶのであった。

 

すっきりしたところで再び走り出すも一度味わった休憩は、じわじわと怠け心を生み、折り返し点を超えたあたりから歩く者も多数いることだし

 

「俺もちょっとは歩くか」

 

と、そこから30キロまでの間は、ちょっと走っては歩き、ちょっと走っては歩き、って、ほとんど歩き。

 

エイドステーションという飲み物だけでなく食べ物のおいてあるポイントでは、置かれている飴や果物、味噌汁、お菓子などを片っ端から口にし、オレンジのあまりの上手さに泣きそうになりながら、さらに走る。

というより歩く。

 

水分とりすぎてお腹はチャポンチャポンし出す。

 

とにかく太ももから下の脚が痛い。

 

横を歩いている人が、その人の仲間に

 

「呼吸は大丈夫なんだが」

 

「脚が痛くて」

 

などと言っている。

 

そりゃ、歩いてるんだから呼吸は大丈夫だろうよ、と思う。

 

恐怖の選手収容バス

 

我々を追いかけてくるように、バスの全面に大きく

 

〝選手収容〟

 

と書かれた真っ赤なバスが対向車線から走ってくるのが見える。

沿道のおじさんが

 

「アレに乗らないように頑張れよー!」

 

と声援を送ってくれる。

 

どうやら、リタイヤするとあのバスに乗っけられてゴールまで連れていかれるらしい。

 

ランナーはレース中に何を喋っているか?

 

「というか制限時間5時間なんて、新潟シティマラソンは厳しすぎるんじゃないか?」

 

「コースの起伏が激しすぎるんじゃないか?」

 

「フードが充実してないんじやないか?」

 

「コースがくねくね曲がりすぎてないか?」

 

「お菓子がシケってたぞ」

 

「味噌汁が冷えてたぞ」

 

と、初めてフルマラソンに出てわかったことは、市民ランナーはコースの上で、苦しさの原因を自分の力量ではなく、運営側に対する愚痴に置き換えて延々話しているということである。

 

(つづく)

【新潟シティマラソン2017に向けて】2016の回想① 立志編 

二度目のフルマラソン

 

来たる10月9日月曜・祝日 午前8:30

 

元・重度のヘビースモーカーであり、中度のアルコール依存症であった〝キング・オブ・不健康〟と呼ばれていた私が昨年につづいて人生二回目のフルマラソンに出場する。

 

初フルマラソン時のスペック

 

昨年は本番からさかのぼること三か月から十分に走り込み、平均キロ6分で一時間で10キロの距離を走ることのできる肺と脚をつくり出場した。

LDSという長い距離を喋ることのできるゆっくりとしたペースでなら20キロは余裕で走ることもできるようになった。

 

とはいえ、スペック的には、身長167センチ、体重74キロと競馬場のパドックで見たなら、とても投票しない仕上がりではあったが。

 

いよいよフルマラソン

 

そして迎えた2016年大会。時間制限は5時間。一般的に市民マラソンは6~7時間なので厳しい設定である。

 

「だからなんだ!」

 

「目標サブフォー(四時間以内にゴール)!」

 

とFacebookで息巻いた。

 

ゲストランナーはQちゃん

 

新潟シティマラソンは毎回、ゲストランナーはかのシドニーオリンピックマラソン金メダリスト高橋尚子選手。

高橋選手はよくあるゲストランナーのように、普通に走って終わるわけではない。

オープニングセレモニーで挨拶したあと、市長だかが号砲を鳴らす横で、スタート地点を走っていく選手にマイクで声援を送る。

その上、10キロのファンランという短距離を走る市民ランナーと並走して自らも走る。

で、何度も何度もコースを行ったり来たりして市民ランナーとハイタッチしながら走る。

 

「一体何キロ走るんだ?」

 

という感じで大奮闘するのである。

さすがはオリンピック金メダリスト。
かつ地元が私と同じ東海三県の岐阜県。

岐阜県といえば愛知県民から言わせれば、ほとんど愛知県である。

もう愛知県出身ということで問題がないと思う。

 

さて、高橋選手は昨年(2016)

 

「今年は八割以上の市民ランナーのみなさんとハイタッチしたい!」

 

の目標を掲げて出場。

 

マラソンのスタートは、ゼッケンにかかれているアルファベットの位置からスタートさせられる。

私の場合、ゼッケンにDと書かれてあり、屈辱の最後尾のD地点からスタートとなる。

 

「Dから這い上がる」

 

「そして高橋尚子選手とハイタッチするぞ!」

 

と意気込んで最後尾のD地点からスタートした。 

 

※写真が2016年のスタート地点。私は屈辱の最後尾D地点。

関門って?

 

と、ところどころで

 

〝第〇関門〟

 

〝締め切り10:30〟

 

だとかの文字が見える。

 

『関門ってなんだ?』

 

『TBSテレビのオールスター感謝祭の第一ピリオドとかそのテの単なる区切りだろう』

 

程度に思っておったのだが、その関門を抜けるときに、スタッフのおじさんが

 

「おーい!あと何分で締め切るぞー!!」

 

などと叫んでいるのを聞いて、

 

『この関門って・・・』

 

『関門ごとに決められたタイムリミットまでに通過せねば即失格になるんじゃねーかー!』

 

と10キロほど走ったところでマラソンにそんなルールがあることを知り、極端に気が小さく、普通にできることも、カウントダウンなどされると途端にプレッシャーを感じ手につかなくなる性格であり、急にギクシャクし右手と右足を同時に出すように走るハメになったのである。

 

みなさんもマラソンに出場される際は、制限時間だけではなく、決められた関門ごとにも時間制限があることので注意いただきたい。

まあ、ちゃんと送られてきた資料を読めば書いてあるのだが。

 

(つづく)

【究極のズボラ弁当】誰でもできる節約術!一汁一菜スープジャー

私は、筋金入りのズボラです。

 

数年前の話だが、給料日の直後に突然、口座の残高が0になり、確認してみたら区民税の滞納で口座凍結!差し押さえ!の憂き目に遭い、約100万円の滞納を分割で支払うことになり、差し押さえの月はもちろん、それから三年間苦しい生活を強いられてきた私は、お察しの通り、差し押さえられちゃうくらい、ズボラな人間である。

そんなズボラな人間が、この三年、ほぼ毎日自ら作成した弁当を持参し、無事に延滞金を完済し、どーにかこーにか毎月貯金も出来るようになった方法を書きます。

 

 

 

 

※写真は、差し押さえに遭い、「商売道具だから、これも抑えとけ」と、自らの口に差し押さえの札を貼る初代・桂春団治。

 

まず最初に!

 

まずこの、ズボラ弁当は

 

「毎日いろんな昼食を食べたい」

 

という人には向いていません。

 

「昼飯は五日間同じものでも構わない」

 

という人しか無理ですので、あらかじめご容赦ください。

 

弁当いろいろ

 

さて、毎日弁当を作れば昼食代が大幅にカットされることぐらいはわかっているが、毎日弁当を作ることは、ズボラな私にはとてもじゃないけどできない。
何日か冷凍食品などを詰めて作ってみたが、食品によって温め時間が違ったりして面倒な上、以外に冷凍食品は高い。

 

作り置き

 

そこで、調べてみると〝作り置き〟などというものがあって、日持ちのする色々なおかずを休日に作っておいて、朝とか夜とかに、それらを詰めるだけのレシピ集などの書籍もあったりするし

『これなら出来るかも!』

と、作り置きに切り替えてみたが、これも、めんどくさい。

休みの日に何品も作る手間がめんどくさい。

おかずが均等に減っていかず、且つ、冷蔵庫も小さいしそんなに置いとけない。

数日は出来たとしても習慣になるほどの根気は持ち合わせていない。

 

簡単弁当の極み(見てくれ無視)

 

だったら簡単なら良いのかと、例えばパックご飯と、生卵、インスタント味噌汁などを持参して職場でレンチン&お湯で作成するなんて、健康的にもよくないし、毎日は続けられない。
第一、哀れすぎる。

 

夜ごはんの余りものを詰める弁当

 

毎日夜ご飯がある人はこれが一番のおすすめ!

しかしながら一人暮らしの私は夜ご飯を作るわけではないので、そもそも余るものがない。

 

ズボラ弁当の条件

 

ここまで、考えて出てきた私の弁当の条件は、

①ごく簡単に作れること。
②冷蔵庫のスペースをとりすぎないこと。
③見るも無残な弁当にならぬこと。

の三点。

 

たどり着いたら、一汁一菜

 

料理家の土井善晴さんが、台所に立つ人を楽にしたいと執筆された『一汁一菜でよいという提案』という本を知り、

「一汁一菜、ええことだらけですわ」

と言っているのを見て(いや、見たわけじゃないが)、

『これだ!』

というんで、この考え方を弁当に取り入れた。

一汁一菜とは、ごはんを中心として、汁(みそ汁)と菜(おかず)それぞれ1品を合わせた和食の原点ともいえる食スタイル。

 

 

 

土井さん曰く

 

昔の庶民の暮らしではおかずはつかないことも多かったから、実際には「みそ汁、ごはん、漬物」だけで一汁一菜の型を担ってきました。
だから、いまだって、おかずをわざわざ考えなくても、ごはんとみそ汁を作り、みそ汁を具だくさんにすれば、それで充分「一汁一菜」なんです。

 

とのこと。

飯は無洗米、一汁一菜の〝一菜〟は具だくさんの汁でいけると思ったのである。

 

汁をどう弁当にするか?

 

汁はスープジャーを買って、温かいものを飲めるようにした。

汁の種類はなんでもいい。だいたいが汁物はコストが安い。

えのき茸と豆腐の味噌汁とかなら具にもよるが、かなり安く作れると思う。

 

 

※写真はスープジャー。

 

スープジャーの利点

 

温かいものをそのまま飲めるってだけじゃなくて、盛りつけとかも関係ないし、スープジャーの外見でなんかオシャレに見えるし、中身は他人から見えないのでいいですよ。

 

私のスープジャー

 

汁はスープジャーをAmazonで購入。全部分解して洗える象印背製の2,500円くらいのものを購入。
(他のメーカーなら1,700円くらいのもあり)

スープジャーを入れるポーチが1,100円くらい。

スプーンとかも売ってますが、個人的には100均の箸とかで十分だと思います。

 

私のレシピ

 

私の場合は、大根(半分88円~128円くらい)を適当に細長く切ったのと、100グラム98円の豚肉の切り落としを400グラムと、切れてる白滝68円、
一個28円の豆腐を、適当に市販のダシ汁と醤油とダシダで味付けした独自の代物を毎日食べている。

これを五日間。計算すれば汁が128円。

米は無洗米で5キロで2000円程度。 米5キロは約33合。弁当には0.5合としてだいたい30円。

締めて一食、158円(光熱費、調味料費別)。

 

一か月22日出勤として、3,476円。

 

「小遣いも少ないし、ワンコインランチだよ・・・」

 

などと嘆くオヤジには、500円×22日出勤=11,000円。

一か月の昼飯代がしめて11,000円。

 

「贅沢な!」

「大名みたいな生活してるんじゃねえ!」

 

と言いたくなる。

 

驚いたことに、これを二年間食べ続けており、我ながらよく続いていると思う。

でも、コンビニとか外食なんかしたら一食で700~1,000円くらいするからね。

22日で、15,400~22,000円もかかる。

スープジャーと比較して、11,924円~18,524円の差。

 

これが毎月である。

 

究極ズボラ弁当の仕込み手順

 

仕込み編

 

①休日に鍋一杯の汁ものを作る。それを冷蔵庫に入れる。

汁物は、いろいろ安いものを試してみるといいと思います。
また、ズボラ弁当に反する上、面倒なので私はやらないが、各種スープジャーレシピもクックパッドなどにあるので、いろいろチャレンジしてみるのも、料理好きの人は楽しいと思います。

②無洗米を出勤前に炊き上がる様に炊飯器にセットしておく。

以上。

 

出勤時編

 

①お湯を沸かす。

②汁ものを冷蔵庫から出して温める。

③ ①で沸かしたお湯をスープジャーに入れる。

④ご飯を弁当箱に詰める。

⑤汁物が湧いたら、スープジャーのお湯を捨てて汁物を詰め込む。

 

以上。

文字にすると五工程もあるが、やってみればすぐ終わる。

湧くまでの時間に洗面などをすませておけば効率的である。

 

昼食後編

 

①給湯室など、食器を洗うスペースがあれば、弁当箱やスープジャーを洗っておきましょう。

分解して洗えば、1~2分で終わります。家に帰ってからや、翌日のためにも是非!

 

救世主は、スープジャー!

 

これをやり始めたら、

「あれ?給料がかなり余ってるわ」

と、毎月、貯金なども出来るようになりました。

 

お金だけではなく、貴重な昼休みの時間に、コンビニに行く時間、コンビニで行列に並ぶ時間のカットにもなります。

家計簿付けてみるとわかるんだけど、やっぱりコンビニで金つかってるんだよねー。

 

ということで、みなさん昼食は、一緒にスープジャーで一汁一菜して、正月とかには旅行とかして贅沢したり、

本当に使いたいものにお金を使ったりできるようになりましょうね!

【エレベーターのイライラ】 通勤ラッシュのエレベーター風景

順番抜かしのオッサン

 

いけないことだとはわかっているが、急いでいる時に、混雑しているエレベーター周りでイライラしてしまう。

 

出勤時など、混雑しているエレベーターに乗るためには、行列の最後尾に並ぶのだが、そこへ私より後から来たオッサンが、行列の前方にいる知り合いを見つけて

 

「お!ういっ~すっぅ~」

 

などとオッサン特有の、息の漏れたような挨拶をして、その知り合いの後ろに並ぶ。

 

『いや、それ順番抜かしだからな』

 

『いいかげんにしろてめえ』

 

などと、朝一番からイライラすることになる。

 

カンダタな人

 

エレベーターの昇降は進み、行列も短くなっていき

 

『次の号で乗れるかな』

 

と思っているが、いざ次のが来てみると私の数人前で定員ギリギリな感じである。

 

『次のを待とう』

 

と思っていると、私の前の数人が、もうギュウギュウだというのにもかかわらず、押し合いへし合いで、我勝ちに

 

「オラ!もっと詰めれば乗れんだろ!」

 

と言わんばかり自らの体をエレベーター内にねじ込んでいく。

ジャントルマンのかけらもなく、マナーもへったくれもない、こういうヤツはだいたいクチャラーである。

 

そのクチャラーがギリギリでエレベーターに乗り込み、ドア側に向き直って

 

『ほら、乗れたじゃねえか』

 

『生き馬の目を抜くサラリーマン業界では、このくらい図々しくないと生きていけないんだよ!』

 

『・・・・・・』

 

『でもちょっと、強引すぎたかな・・・』

 

と、ほんの少しだけ反省している顔に向け、私は思い切り冷ややかな表情をつくり、死んだ魚の目をして

 

『・・・アナタ・・・デリカシー・・ナインダネ・・・』

 

という念を思い切り送ってやるのである。

 

 

目的階数別の心理状態

 

ようやく私が乗ることのできる次のエレベーターがやってる頃には、私の後ろにも、かなりの行列が出来ている。

エレベーターが来たので先頭である私が最初に乗り込むと、必然的に操作パネルの前に行き

〝開〟

のボタンを押し、私の降りる階のボタンを押し、あとから乗る人が乗り切るまで待つ。

 

次々に乗り込んでくるヤツが、各々の降りる階のボタンを押しながら入ってくる。

 

で、二階とか三階とか低層階の場合には

 

『たかだか二階でエレベーターねえ?』

 

『体を動かせ体を!』

 

などと思う。

で、自分より上の階数のヤツだと

 

『なんか、あっしごときがすいやせん』

 

と、なぜか負けた気がして卑屈になるのである。

 

 

低層階でエレベーターを使うヤツの罪と罰

 

この号の乗組員全員が乗り込んだのを確認して

 

〝閉〟

 

ボタンを押して、いよいよエレベーターが上昇していく。

二階に着いて、エレベーターの奥にいる二階で降りるヤツが出ていこうとするのだが、混んでいてなかなか出られない。

 

『低層階で降りるヤツは前の方に陣取っとけばいいんだよ、この間抜けめ』

 

と思うが、前方に並んでいるヤツラもヤツラでマナーが悪く

 

『なるべくなら、このエレベーターに入ったまま目的階に行きたい』

 

『万が一、いったん降りて、乗り遅れたらどーする!』

 

の我勝ちのカンダタ根性を丸出しにして、少し体を傾ける程度であるため、二階で降りるヤツがなかなか降りられない。

 

『全員が乗り切るまで〝開〟ボタンをちゃんと押しとくから、一旦降りろ!』

 

と叫びたくなるのを我慢して、二階のヤツが

 

「スイマセン、スイマセン」

 

を連呼して降りていくのを見ながら

 

『日本人が一生で一番多く発する言葉が〝スイマセン〟というのは間違いなさそうだなあ』

 

と可哀想になったかと思うと、

 

『だから二階ごときでエレベーター使うなって言ってんだよ!』

 

と急にどやしつけたくもなり、なかなかに私の情緒も不安定になってくるのである。

 

ドジなヤツ

 

再びエレベーターは上昇し、次の停止階で停まる。

 

〝開〟

 

ボタンを押して待つが、誰も降りようとしない。

しばらく待つが反応がない。

おかしいなと思ったあたりで、小さな声で

 

「あ、すいません」

 

「押し間違えました」

 

と声がする。

誰も降りないこの階のボタンを誤って押した者がいたのである。

 

『この迷惑野郎!』

 

と乗組員全員が思い、そいつが降りるまで、全員から

 

『・・この人、ドジ・・・』

 

と思われ続けるのである。

 

操作パネル係の葛藤

 

ようやく私の目的階に着き安心したのも束の間、私と同じ階のヤツが

 

〝開〟

 

ボタンを押している私を尻目に一礼などしてドンドン降りていく。

エレベーターのマナーとして、何も間違ってはいないのだが、

 

『なんでこの乗組員の中で一番最初から並んで待っていた俺が最後まで損をするんだ』

 

の気持がつのる。

 

「最初に乗るヤツが操作パネルを操作する必要があるからしょうがねーだろ!」

 

と言われれば、まったくその通りなのだが、言い返しようもないのであるが、でも、何かが違う。

 

♪でもー なにかが違うっ!♪

♪でーもーなにかが ちーがーうー♪

 

と鈴木ヒロミツの歌が頭の中で流れ出すのである。

 

 

エレベーターでイライラするということ

 

やっとこさっとこエレベーターから降りると、私の次に操作係になったヤツが

 

〝閉〟

 

ボタンを勢いよく

 

カチカチカチカチッ

 

と連打しておる音がする。

あのなあ、閉ボタンはゆっくりと押しゃあいいんだよ!

 

『この野郎!俺にイライラしてんのか!』

 

と振り向くとドアは既に絞まり、エレベーターは上昇していっている。

 

『くそう、エレベーターごときでイライラしやがって!』

 

『あ、そりゃ俺か』

 

と朝から反省するのである。

【年中マスク】四六時中マスクのあなたが今すぐマスクを外した方がいい理由

年中マスク族

 

何かのアレルギーとかでもなく、一年365日、年がら年中マスクをつけっぱなしの人がおる。

重ねて言うが、アレルギーで仕方なくつけている場合は除いて、年がら年中マスク着用の人がおる。

男女問わずおる。

 

こういう人は、四六時中つけておる。

 

が、たまに外す。

 

これがいかん。

 

外した顔をみる。

すると九分九厘

 

「え?!」

 

と思い、

 

「変なの」

 

と思う。
すまぬ。

 

 マスクに慣れられるのは危険

 

人の顔というのはまじまじ見つめるものではないが、なんとなく職場や学校などで長い時間を一緒に接してきて、それに慣れて、その人の顔として認識するのであるが、
年がら年中マスクの人は、そのマスク込みでその人の顔を認識してしまい、たまに外した顔をみると

 

「え?!」

 

「変なの」

 

になるわけである。

 

また、マスクには顔の半分以上を隠すことが出来る。

おそらく人間の脳には、隠れている部分を勝手に良いように補正する機能があり(知らんが)、マスクの人間を実際以上に良いと思い込むためであろうと思われる。

 

よく、歯科助手の人とかマスク付けている人は外したときより良く見えるっていいますよね?

 

恐らく年がら年中マスクの人は、この働きを利用して、何かしらもっている自分の顔へのコンプレックスを隠し、よく見せるためにマスクをしっぱなしにしていると思うだのが、
タモさんのサングラス、デーモン閣下のメイクレベルまで人前で外さない覚悟がないと、結局

 

「え?!」

 

「変なの」

 

と思われる結果となるので、私としては、早くマスクを外して本当の顔を周りに人に認識させた方が良いと思う。

 

マスク族の言い分

 

「化粧するのが面倒だからマスクしてるだけ!」

 

という人も多い。

こういう人は、すっぴんを周りに慣れさした方が早いので、やはりマスクは外すべきだと思う。

 

 

「いや、私は風邪の予防でマスク付けっぱなしなんで!」

 

という人は、心の底から本当に予防のためと思っているのであればそれでいいと思うが、本当に心の底からそう思っているのかが甚だ疑問である。

 

 

マスク族は、顔にコンプレックスがある?

 

アレルギーとかで無くて、マスク付けっぱなしの人は、顔にコンプレックスがある(と思う)。

 

マスクを外すと現れる3タイプ

 

①膨張タイプ

②突出タイプ

③凝縮タイプ

 

詳しくは書かないが、なんとなく察していただきたい。

 

って、これマスクで隠すからこういう風に思うのであって、隠してなければ全てのタイプとも思わないという点をマスクしっぱなしの人には理解して欲しい。

 

 

年がら年中マスクをつけるということは…

 

年中マスクをし続けることで、何が起こるかと言うと、

 

コンプレックスを隠しているつもりでも、
やってることは、自分の顔にたいするハードルを著しくあげ、
外したときに、悪いギャップを生むだけ

 

である。

言ってみれば、自らコンプレックスを悪く強調しているのである。

 

私の結論

 

自分が思うほど、自分の顔は変じゃない。変にしているのはマスクをし続ける自分である。

マスクを捨てて街にでよう

 

て、街には出てると思うが。

【クチャラーは気持ち悪い】 クチャラーの心理と対処法!

憎むべきクチャラー

 

音をド派手に鳴らして物を食うヤツがおる。

 

「俺の食べ方って、勢いがあっていいでしょ?」

 

と言わんばかりの表情で

 

グッチャングッチャン

グッチュングッチュン

ギッチャンギッチャン

スッパンスッパンに音をさせる。

 

いわゆるクチャラーと呼ばれる者たちである。

 

この迷惑野郎は男である。

女性でこんな人は見たことがない。

 

「そらあそーだ!」

「我らクチャラーは、男の中の男よ!」

 

とバカ面丸出しであり、世の中に迷惑をかけていることを理解しておらず、悪びれることもなく、申し訳なさそうにするはずもなく

 

「べらんめえ」

 

「こちとらお祭り野郎よ!」

 

「威勢のよさが売り物よ!」

 

「メシはド派手に食うのよ!」

 

 

グッチャングッチャン

グッチュングッチュン

ギッチャンギッチャン

スッパンスッパンに飯を食らう。

 

この大バカ野郎!

そしゃくするときは、口を閉じろ口を!

 

 

※写真は、クチャラーの心象風景。

 クチャラーだけは許せん!

 

私は正直に言って、電車の中で化粧をする女性に対して何の感情も湧かない。

 

『時間短縮できて賢いね』

 

程度に思ったりする。

世間が言うように

 

『どういう神経してんだ』

 

『育ちが悪い!』

 

などとも一切思わない。

 

また、歩きながら物を食べている人に対しても同じくなんとも思わず

 

『時間短縮できて賢いね』

 

程度の認識だが、この物を食べるときにクチャクチャ音を立てるヤツだけは、自分の育ちを棚に上げて

 

『どういう神経してんだ』

 

『育ちが悪い!』

 

と声を大にしていいたい!

 

 

クチャラーの心理

 

で、このクチャラーは、音をさせていることに気が付いていない訳ではない。

音をさせていることをはっきりと自覚しておる。

 

クチャラーの心理は、どうなっているかというと

 

『音を鳴らしてメシを食うと楽しいな』

 

『だって、美味しいものを食べることを〝舌鼓を打つ〟なんていうでしょ?』

 

『鼓だもの、舌の鼓だもの』

 

『派手に鳴らさなくっちゃ!』

 

と思い

 

「べらんめえ」

 

「こちとらお祭り野郎よ!」

 

「威勢のよさが売り物よ!」

 

「舌の鼓を鳴らすのよ!」

 

 

グッチャングッチャン

グッチュングッチュン

ギッチャンギッチャン

スッパンスッパンに飯を食らうという思考回路である。

 

 

※写真とクチャラーは関係がありません。

 

クチャラーの言い分

 

例え、ここまでのこの記事を、当のクチャラーが読んだとしても

 

「その通りよ!」

 

「クチャクチャ音を立てて飯を食って、何が悪いの?」

 

「私の場合、あえて、職場では、特に音をさせてるのよ?」

 

「自慢じゃないが、うちの女房は料理が上手くてね~」

 

「この女房のつくる弁当があまりに美味いもんだから」

 

「コンビニ弁当なんぞを食べている哀れな者達に美味しい気持ちを」

 

「音だけでもオスソワケしようと」

 

「こうやって舌鼓を聞かせてあげてるのよ」

 

と、気持ち悪いことを思っている。

 

実際のところ、この弁当は女房が夫をサッサと重度の生活習慣病に追い込んで、一刻も早く保険金を手に入れようと様々な工夫が凝らされたしろものなのだが、
このバカ夫クチャラーは、

 

「夫婦っていいもんだよ~」

 

とニッコリと笑ったところを、偶然にもカメラで撮影される。

そして、その写真が近々、遺影として仏壇に飾られるのである。

 

「いや、俺んちの弁当はそんなコッテリしていない」

「健康に気を使っている薄味のものだ!」

 

というクチャラーは、家庭内でもクチャクチャ音をさせて食い、家族中から嫌われており、その腹いせに女房が弁当と称し、ペットの残飯を詰め込んだものを美味そうに食っているに過ぎない。

 

などと書いてもこちらの気持ちは収まらん!

このクチャラーどもを、なんとかしてほしい!

 

と思うが、注意をしても根がバカなので相変わらずの

 

「べらんめえ」

 

「こちとらお祭り野郎よ!」

 

「威勢のよさが売り物よ!」

 

「舌の鼓を鳴らすのよ!」

 

の理論であり、はじめっから音を鳴らすことが良いことだと思っているから話にならない。

 

 

クチャラーの対処法

 

なので、クチャラーとはメシを一緒に食べないしかない。

もしも食べてる所へ、クチャラーがやってきて

 

「ご飯、ご一緒しましょう」

 

などと言って来たら、後先考えずに荷物をまとめて席を立とう。

 

相手はバカで話にならないモンスターであり、席を立つ理由を説明する必要はない。

 

そいつはキョトンとするだろうが、頭が悪いのですぐに忘れる。

 

クチャラーからは、とにかく逃げるんだ!

 

 

【許すまじ】誤ったフォネティックコードとは?

フォネティックコードとは?

 

フォネティックコード(Phonetic code)とは、無線などでの通話時においてアルファベットを確実に伝えるため、
アルファベットと、そのアルファベットを頭文字に使う単語を合わせて伝えるもののこと、また、それをまとめた表のことである。

例えば〝A”のことを、

 

「アルファ(Alfa)のエー(A)」

 

〝B〟のことを、

 

「ブラボー(Bravo)のビー(B)」

 

などと使うものである。

 

フォネティックコードを用いる理由

 

通話において、アルファベットや数字のように短い発音は、機器の調子や周囲の雑音・騒音などによって良く聞き取れない可能性がある。

相手が聞き取れずに何度も聞き返されることになる上、場合によっては間違って伝わり大惨事などを引き起こしかねない。

そのため、フォネティックコードを用いて効率化、及び事故防止を図るためである。

 

日常の中のフォネティックコード

 

日常、使う機会がないかもしれないが、例えば交通違反で、お巡りさんに捕まって、お巡りさんが無線で、捕まえた車のナンバーの平仮名をどこかへ伝える際に平仮名の〝こ〟のことを

 

「子供の〝こ〟」

 

と言うときに、日本語版のフォネティックコードを耳にする。

 

 

本末転倒なフォネティックコード

 

私の職場では無線を用いてアルファベットを伝えることが多いので、このフォネティックコードをよく使うのだが、

 

〝A〟

 

とか

 

〝B〟

 

のことを、先ほど例題で出したように

 

〝アルファ〟

 

とか

 

〝ブラボー〟

 

を用いず

 

「エービー(AB)のエー(A)」

 

とか

 

「エービー(AB)のビー(B)」

 

などと言う者が後を絶たない。

 

別に、正式にアルファやブラボーと言おうとは言わない。

 

例えば

 

〝アメリカのA〟

 

でもいいし

 

〝バナナのB〟

 

とかでもいい。

 

 

「エービー(AB)のビー(B)」

 

はいかん!

 

じゃあ、Cのことは

 

「ABCのC」

 

と言うのか?

 

Cならまだいい。

 

Sを

 

「ABCDEFGHIJKLMNOPQRSのS」

 

と言うのか?

 

そもそも、フォネティックコードは、間違って伝わらないようにアルファベットと、そのアルファベットを頭文字に使う単語を
合わせて説明するものなのに、こともあろうに
アルファベットと、そのアルファベットで説明するとは本末転倒!

やいやい!

この背中に咲いた桜吹雪が!

手前らの悪事をちゃーんとお見通しなんでえ!

 

と言いたくなる。

 

(言えばー?)

 

同じ音で説明する人

 

何度も書くが、例えば〝A〟なら〝アルファー〟や〝アメリカ〟など

 

「エー(A)」

 

以外の発音を用いて欲しい。

にもかかわらず

〝P〟

 

のことを

 

「ピーナッツのP」

 

などというものがおる。

 

そこは、〝パパ〟など、ピー以外の発音でPを説明して欲しい。

また、

〝T〟

 

のことを

 

「TシャツのT」

 

とかいう者もおって、仮にPシャツというものがあって、聞き手が〝PシャツのP〟と伝わったり、Tナッツという豆があって、〝TナッツのT〟と誤って伝わって大惨事になったらどうするんだ!

と腹が立って来る。

しかもTシャツはアルファベットのTそのままでもあるので、もっとも罪が重い。

 

「お言葉を返すようですが」

「PシャツもTナッツも、そんなものこの世にないでしょ?」

 

という者よ!

有ったらどうする?!

PシャツもTナッツがあったらどうする!

絶対にないと言い切れるか!

 

(言い切れます)

 

 

 

でも、写真のようにピーナッツのTシャツはあるんだよ!