【伝説のゾンビ映画、ワイルドゼロ】私がギターウルフの映画の撮影に参加した思い出②

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エキストラへのお誘いは突然に…

前回に引き続き、1998年か1999年のある日、そっち業界寄りの友人から

「明日、募集してるから行けない?」

「革ジャン着ていきゃOK!」

「タダでライブをみれるよ」

と言われ、ギターウルフ出演のカルトムービー、ワイルドゼロのエキストラ出演に、都合も合ったので嬉々として参加したときの話。

東宝撮影所

場所は世田谷の東宝の撮影所。

待合室は二階立てのプレハブ小屋みたいなところで、そこに押し込まれて撮影開始を待つ。
トイレは和式、だった記憶がある。

集まったのはエキストラのプロみたいな人から、ギターウルフのファンなど全員革ジャンで総勢100名程度。

意外に女性客も多い。

一人で参加した私は話し相手もおらず、退屈なのでタコ部屋じみた待合室を抜け出して、勝手にウルトラマンだかゴジラだかのセットらしきものがあるスタジオをのぞいたりして遊んでおった。

撮影が始まる

で、いよいよ、一同スタジオに移って撮影開始。

撮影内容はというと、ギターウルフの面々が演奏し、エキストラである我々100名程度がガンガン盛り上がる、というだけである。

で、曲が終わると、待ち時間があり、待ち時間が済むと、同じ曲を演奏するのである。

待ち時間の間、ギターウルフの面々は恐らく楽屋などで待機しており、我々はライブハウス風に作られたスタジオ(床は土)に座り込み、撮影の開始と終了を待つ。

長い長い待ち時間が済むと、また同じ曲を演奏し、それを嫌と言うほど繰り返す。

で、そのたびに我々エキストラは狂ったように暴れておったのである。

が、撮影が何時間にも及ぶと流石にみんな疲れてくる。

さだかではないが、恐らく5時間は撮影した記憶がある。

待ち時間のたびに

「こんなに同じ曲を何度も何度も撮影して、何がしたいんだ?」

と一同頭にくるような思い。

「帰りたい」

などの声もチラホラ。

という中、ベースウルフこと、ビリーさんが缶ビールを持ってステージにやってくると、プルトップを

「ペシッ!」

と押し開けて一口のみ、なぜか私に向かって

「ホイ」

という感じで、残りの缶ビールをくれたのである。

そんなつもりはなかったが、私は無意識に機嫌が悪いのが表情に出ていて、気を使ってくれたのかもしれない。

※缶ビールをくれたビリーさん。

缶ビールのリレー

で、当時は酒が飲めなかったが、喉も乾いているので、一口だけ口を付け、それを欲しそうにしている周りのエキストラの者へ渡すと、その人も一口飲んでは隣へ渡し、それが繰り返され、その缶はリレーのバトンの様に次から次へ、エキストラからエキストラの手に渡っていったのである。

それを見たのか、ビリーさんは裏から、何缶も何缶も缶ビールを持ってきては

「ペシッ!」

「ペシッ!」

とプルトップを押し開け、我々エキストラに渡し続けてくれ、その都度、缶ビールのリレーが続いたのである。

で、撮影再開された。

待ちに待った撮影終了

また何度かの演奏を繰り返したのち、監督の竹内鉄郎氏がトラメガ持ってステージに登場し

「今日はみなさん本当にありがとうございます!」

「おかげでいいシーンが撮れました!」

と挨拶し、改めてギターウルフの面々が30分ほど、エキストラのためだけに演奏してくれてその日は終了となったのである。

出来上がったワイルドゼロを観る

あとでレンタルで借りてワイルドゼロを観たのだが、このライブのシーン、20秒もない。

「なあにが、いいシーンが撮れましただよ!」

と舌打ちしながら観たものである。

で、私は、私が映っていないか、私が居たあたりを隈なくみたのだが、

「もしかして、この腕、俺かな?」

と思う腕はあったが、みんな似たり寄ったりな革ジャンであり、それが私の腕がどうかは分からずじまい。

って、それが私の腕であったところで別に、ねえ?

ビリーさん急逝される

その数年後の2005年、缶ビールを差し入れてくれたビリーさんは心不全のため38歳の若さで急逝。
見た目とは真逆で、親切で優しい人であったため、とても悲しく、1999年当時は下戸であったが、その頃にはいっぱしの酒飲みになっていた私は、ビリーさんへの哀悼の意を込めて一人悲しく献杯したのである。

ビリーさん、あらためてさようなら。

あの世でまた缶ビール下さい。

エキストラのギャラ

今回の記事を書くにあたり、調べたところ、タイでの撮影時はタイの軍人やその家族は、ゾンビ役で一人1,000円支払われたとのことが判明。

私のギャラは、

「革ジャン着ていきゃOK!」

「タダでライブをみれるよ」

という、タダでライブがみれるよ、がギャラであり、無料であり、一銭も貰えなかったことが少し悔しい気もする。

でも、缶ビールの思い出があるからいっか。

 

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つりばんど 岡村

「健やかなるときも、病めるときもアホなことだけを書くことを誓いますか?」 はい、誓います。 1974年生まれ。愛知県出身、紆余曲折の末、新潟県在住。 詳細プロフィールはこちら

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